言わずと知れたY県A町の「公金の誤振込みとその後の対応について」である。
一連の経緯について「話にならず」などとA町側の一方的な言い分が羅列された上に、「刑事事件で本人が逮捕されてもお金は取り戻せない」などと恰も逮捕されて当然のような書きぶり、そして住所氏名がウェブ上に晒されたという。
既に百家争鳴状態であるが、関心事でもあり、意見を書いておきたい。

この問題は、抽象化すれば、民事紛争の相手方を地方公共団体が実名公表した、ということに他ならない。その一方的な言い分の羅列が仮に全て真実であったとしても、名誉毀損の問題はどうしても残る。
同旨を指摘する論考は既にあるが、私も、公益目的の要件に強い疑問がある。A町への非難をそらすため(私益目的)のようにも感じられるし、なにより素直に返金していれば晒していなかっただろうから「追い込みをかける」か懲罰的な目的を感じる。仮にそうでないとしても、住所氏名を晒すことでどのような公益が達成されることになるのか、判然としない。Y県A町では、税金滞納者も全員、住所氏名を晒されるのだろうか。あるいは公共施設利用料の滞納者とか・・要するにA町と金銭紛争を抱えると住所氏名を晒すことにしている・・などということはまずないだろうから、原資が公金だろうとなんだろうと、今回だけ紛争相手を特別に晒す公益目的がどこにあるのかが問われる必要があろう。ウェブ上で晒したが為に、今でも見ようと思えば見られる状態にあり、被害は深刻である。それに匹敵する程の公益目的が立論出来なければ、A町側に犯罪が成立する事態である。

実名公表とは別に、恰も逮捕されて当然のような書きぶり(前掲)も、問題を感じる。
その一方的な言い分の羅列が仮に全て真実であったとしても、逮捕要件が具備されるかは別問題である。苟も地方公共団体が特定私人の逮捕相当性を公然と言い立てるというのは、軽率であり、名誉毀損と評価すべきであろう。

なお、本件の事実関係は件の公表資料によれば、「騒動になって当該金融機関が事態を認知して以降に、カード決済により誤送金にかかる預金が引き出された」というもののようである。これの刑法的擬律は難しい。
2003年の最高裁決定は、「社会生活上の条理からしても、誤った振込みについては、受取人において、これを振込依頼人等に返還しなければならず、誤った振込金額相当分を最終的に自己のものとすべき実質的な権利はないのであるから、上記の告知義務があることは当然というべきである。そうすると、誤った振込みがあることを知った受取人が、その情を秘して預金の払戻しを請求することは、詐偽罪の欺罔行為に当たり、また、誤った振込みの有無に関する錯誤は同罪の錯誤に当たるというべきであるから、錯誤に陥った銀行窓口係員から受取人が預金の払戻しを受けた場合には、詐欺罪が成立する。」としている。
本件の場合、騒動になって以降の出来事なので銀行側が錯誤に陥りようがないのではないかという問題があるし、その点はさておいても、「カード決済」による引き出しだとすると人の意思決定を介さないから詐欺罪は成り立ちようがない。前記決定でも口座名義人による払い戻し請求権が前提とされているから窃盗罪や占有離脱物横領罪も成り立たない。
残るは電子計算機使用詐欺罪だろうか。「不正な指令」は「本来与えられるべきではない指令」だから、前記決定の「条理」に照らし「不正」かもしれないが、「不実の電磁的記録」を作ったとは言えないだろう。やはり難しい。
こうしてみると、犯罪の成立に疑問が生じる。
尚更に、逮捕されて当然のような書きぶりは名誉毀損の問題を生じよう。

(弁護士 金岡)