前回記事は方々に転載され、なんと30万アクセスに到達した。
日頃、余り実感しないインターネットの威力を垣間見た思いである。
さて、大きく趣を変えて、書籍の紹介である。
吉田医師の御業績を窺い知る範囲で、幾つかの冤罪事件の鑑定を掘り下げるような書籍かと思いきや、なかなか独特の編まれ方をした本書は、「第1章 異常死と死因究明制度」「第2章 死亡診断書、死体検案書」というように、いきなり制度論から始まり、やや肩透かしを食ったが、第3章からは「死体現象」、第4章「内因性急死、突然死」のように実務的に参照しやすい章立てで進む。
特徴としては、第一に、網羅的な解説が試みられている点であろう。第4章「内因性急死、突然死」であれば、急死の所見、循環器疾患の病態生理、というように、体系的な法医学論が展開される。該当分野の知識を手っ取り早く吸収するにはうってつけである。
第二に、ケース研究として取り上げられている症例数がかなり多い(民事刑事を問わない)。例えば第4章であれば42も収録されている。勢い、広く浅くの感は否めないが、沢山あるので似たものを探して深めていく取っかかりとして、有用に思われる。
他方で、改訂時に改善すべき点も目につく。
まず、索引がない。主立った用語で調べたいときに不便である。
また、沢山のケース研究の中から関心部分を探し出そうにも、目次もないため、とりあえず全部、目を通すしかない。例えば「急性硬膜下血腫」(これは第7章の3「頭部外傷」に(5)として収録されているが、「急性硬膜下血腫」という目次はない)であれば、8件のケースが収録されており、それぞれ「AHT典型例」「幼児の交通事故後のSDH」「高齢者の転落後のSDH」「柔道練習中の急性SDH」「既往症・暴行・医療の寄与が問われたSDH」「杏林大学割り箸事件」「頭部外傷に関する死因等の判断」「入浴中死亡した高齢者の非外傷性SDH」とあるが、全く目次に反映されていない。何度か通読しておぼろげながら配置を押さえない限り、自分で目次を作る方が良さそうである。
以上のように、ケース研究かと思いきや、体系的な解説書であり、その中にそれぞれに特徴的なケース紹介が浅く広く、という編まれ方をしている。体系的なだけに通読すると良いのだろうが、相当の体力を要しそうである。
末尾ながら、著者の思いが噴出している(だろう)ところを拾っておきたい。
杏林大学割り箸事件では、検察官が解剖医や第三者専門家の意見を聞くこともなく死因を決め付け、見立てに沿う証拠収集結果に基づき起訴を行ったと、批判されている。
更に236頁からは、「なぜ、頸部圧迫による窒息死にかかわる冤罪が多いのか?」という挑戦的な小見出し(第11章6(4))の下に、「頸部圧迫による窒息死鑑定3要件を充たさない鑑定」による冤罪が少なくないこと、解剖医による所見記録や写真撮影が不十分なための誤鑑定が多いこと、捜査機関が科学的根拠の追求に疎かであるため権威に祭り上げられた医師の思いつきによる意見が一人歩きすることが多いこと、等を立て続けに喝破し、最後は「日本の刑事司法には誤りに学ぶ文化がない」「捜査機関や裁判所は同業者の問題点をかばうことが多い」と断じている。
これを、著者が弁護人側と同化しすぎていると批判することは適切ではないだろう。司法における法医学の扱われ方や、法医学が冤罪作りに寄与してきた歴史を観察する中で生じただろう、この見識は、名のある何名もの弁護士の見方とも一致している。歴史的真実を言い当てたものと思う。
(弁護士 金岡)