本欄で所謂「盛岡事件」に関して、丸1年かけて「費用補償決定」がされた。
件名の通り、余りに被告人の防御権を蔑ろにする内容であり、直ちに不服申立を行ったところである(余談だが、例の如く請求人本人にも送達され、即時抗告期間は3日。とすると、原決定審である盛岡地裁には期限の前日午前には発送しなければならず、知らないところで本人が受領してしまうと即時抗告権すら失いかねない危険な制度である。)。

争点は幾つもあるのだが、ここでは弁護活動実費の問題を取り上げたい。

本件では、請求人本人の車両積載のドライブレコーダーが、進路の見通し(何も見えない高速道路上に事故車両等が停車していた)や先行車両との車間距離等の認定の決め手となり得るものであったため、弁護人は、二次元画像の立体化の専門家に相談したり、鮮明化作業を試みたりしたのであるが、このような必要経費は「審理や各裁判所の判断に資するものであったとは認められない」として一蹴された(盛岡地決2024年3月15日、中島真一郎裁判長、宮部良奈裁判官、高橋弘乃裁判官)。
(それどころか、保持すべき車間距離が特定されなくても結果回避方法の審理判断が出来るという意味不明な主張をする検察官、それに同調する裁判所対策として依頼した松宮教授の意見書「規範目的と過失犯――先行車との車間 距離保持義務と異なった車線での追突事故」立命369=370号(2017年)678頁すら、同様の論理により費用補償対象から外される始末であったが、本題から逸れるのでその点はさておく)

「審理や各裁判所の判断に資するものであった」かどうかで費用補償対象とするかどうかを区別することの当否が問題である。
この点、被告人は憲法31条以下で適正手続を保障され、その具現化として弁護人の弁護を受ける権利があるが、弁護人は、職務基本規程46条において「弁護士は、被疑者及び被告人の防御権が保障されていることに鑑み、その権利及び利益を擁護するため、最善の弁護活動に努める。」のだから、被告人は、このような最善の弁護を受ける権利がある。
「必要最小限の弁護を受ける権利」ではなく「最善の弁護を受ける権利」なのだから、結果として役立ったかどうかが問題なのではなく、専門家裁量として合理的に役立ちそうかどうかが問題とされるはずである(専門家裁量とはそういうものだろう。病院に対し、投薬した薬が本当に効果を発揮したか証明できない限り医療費を支払う必要はない、などという論理が通用するはずもない。)。
従って、「審理や各裁判所の判断に資するものであった」か基準は誤りである。

武器対等の観点から考えても、検察庁は、役に立つかも知れないと考えて、税金を投じて画像鮮明化を行ったり、専門家の意見を聞いたりするだろう。それは結果的に、公判に顕出するほど役立たないかも知れないが、合理性がある限り正当な捜査であり、公金の不正支出であろう筈はない(検察官が自腹を切らされる事態は先ずない)。そうであれば、被告人にも同様に、役立つかも知れないと合理的に考えられる限り、そのような防御活動を行う権利があり、その費用補償を受けられて当然である。どうして被告人だけが、必要最小限度の弁護以上のことは自腹を強いられなければならないのだろうか。

上記裁判所が、思考停止の代物であることは、以上より明らかであると考える。
思考停止の間接事実を一つ追加しよう。
裁判所は費用補償決定中で、領収書のある限りの謄写費用は全て補償した。
これは当然のことであるが、「審理や各裁判所の判断に資するものであった」か基準で考えるなら、例えば地番表示の訂正に係る捜査報告書(「3番地1」ではなく「3の1」である、みたいな奴)や、誤記訂正に係る捜査報告書(何行目の「のの」は「の」の誤りである、みたいな奴)を謄写したところで、「審理や各裁判所の判断に資するものであった」筈はないから費用補償対象から除外しなければならないはずである。
このようにみれば、裁判所は、定型的なものは認め、非定型なものは認めない、という思考停止状態であったことが分かる。
1年考えてそれか?と思う(裁判所は、慎重に合議していると言い訳していたが、年度末の空き時間に在庫整理宜しく決定を出したことは見え透いている)。

ともかく、被告人に最善の弁護活動を保障するのであれば、合理的に役立つと思われる弁護活動経費は、全て、補償されなければならない。必要最小限度以外は自腹だとなれば、自由闊達な刑事弁護は失われる(私が絶対に法テラスの国選弁護約款に同意しない理由は、ここにある)。

ついでに、都合8年がかりの事件の「着・報」についても公開しておこう。
弁護人2名の総額である。
差戻前第1審(有罪)   約48万円
差戻前控訴審(差戻)   約23万円
上告審(棄却)      約18万円
差戻後第1審(無罪)   約58万円
差戻後控訴審(検察官控訴棄却) 約21万円
8年・5審級で、一人84万円(盛岡ないし仙台には20回近く出頭したが、日当は公判期日加算に吸収される扱いとして上記金額に含まれているそうだ)。
検察官と武器対等に計算してこれだとすると、検察官は最低賃金に全く届かない過酷な御職業ということになるだろうなぁ・・・と思うところである。

(弁護士 金岡)