最初は「相変わらずバカだ」という題名にしたかったのだが、それだと悪口になるから、適切な評価として「ダメ」としておくべきだという有り難い忠告を受け、これを採用することにした。
どう違うのか、腑に落ちないところもあるが、悪口ととられることは本意では無いことは勿論である。「ダメでは無く、問題ない」という異論があれば大いに議論したい。

閑話休題。
保釈取消の話題である。
心当たりの無い特別送達が来たと思ったら、保釈中の依頼者が起訴され、ついでに住居制限違反で保釈が取り消された、ということであった。
保釈取消事件の間、被告人側に審理を知られると逃亡等を誘発しかねないから、敢えて秘密裏に進め、取消決定を執行して収容する段階で初めて知らせる、という運用があること自体は知っており、そのような形で告知聴聞を一切せずに不利益処分をすることが許容されるのかは、一度、立ち止まって考える必要があるとは思うのだが、それは本稿の主題では無い。

問題は、上記のように取消決定を告知されたため、「そもそも具体的にどのような違反事実が認定されたのか」「誰がどのような供述をしているのか」という、防御の根幹を確認して抗告するかどうかを検討すべく、検察官提出の疎明資料を謄写請求したところ、「保管していないので謄写できない」という回答が来たことである。

刑訴法40条は、現に保管中の裁判書類しか謄写できないから、裁判所が検察庁に写しを取らず返せば、謄写できなくなる。それは理屈だ。

しかし、これが「ひどい話だ」と感じるのは当然であろう。
保釈取消の執行の都合を優先して、取消に先立つ告知聴聞の機会を与えない、のであれば、せめて取消後は速やかに代替的な手続保障をすべきだろう(緊急逮捕手続のように)。その取っかかりが、検察官提出の疎明資料の検討であることは言うまでもない。
とすれば、せめて、取消決定の告知に併せて、「まもなく記録を検察庁に戻すが、その前に謄写するなら謄写するように」という機会を与えることは不可欠では無いだろうか。

今回の裁判所の仕打ちは、「抗告したければ依頼者に心当たりを聞いてどうぞ」「抗告審が記録を取り寄せれば、検討できるでしょ」という発想なのかもしれない。
しかし、第一にこれでは三審制では無く二審制になってしまう。また第二に、抗告に伴い原裁判所の行うべき再度の考案手続があるが、疎明資料を見ないままに抗告理由を書けと言われても、まともな抗告理由になるはずもない(少なくとも、特定の証拠が虚偽内容であることを指摘するような~札幌地裁の再度の考案事案のような~展開は望むべくもない)から、再度の考案手続が完全に空文化するという事態になる。
更に第三に、抗告審が何をどう取り寄せるか、手続的な準則は無いから、なにも取り寄せないかもしれないし、そうでなくとも、取り寄せたものが原審における疎明資料と同一だという保障もない。結局、取消審裁判所が何をどう判断したのか、を検証する術は、もう失われてしまったことになる。

私は今回の事態を受けて、取消審裁判所に対し、検察官提出の疎明資料を再度取り寄せ謄写できるようにするよう求めたが、裁判所はこれを拒否した(裁判長西前征志、裁判官湯川亮、裁判官髙島菜緒)。上述したような問題点を孕む中で、上記の要望に応じない裁判所がバ・・ではなく「ダメだ」と評価されるべきことは当然だろう。

なお、西前裁判長といえば本欄「歴史に残すべき無罪事件」において、被害者側証言が完全に崩されながら無理矢理検察側の筋書きを丸ごと採用した、世紀の誤判をやらかした人物だが、その後、検察側の証拠隠しが発覚し、当該筋書きについては有罪主張が撤回されたことは説明しているとおりである。
その経過を御存知かどうかは知らないが、仮に御存知だとすれば、検察側の証拠がまま虚偽を孕むことは身に染みたはずだ。それなのに今回の謄写拒否は、無反省の極みであり、誠に度し難い(御存知なかったとしても、証拠を謄写させ防御権を保障することは、裁判官にとってのイロハのイで、どちらにせよ、馬鹿げて度し難い話である)。

(弁護士 金岡)