相模原殺傷事件、という名前で報じられているが、一連の報道を見ていると、相変わらず軽率な動きが目につく、と言わなければならない。
まずマスメディアである。被疑者に複数の精神病診断名が与えられていること、措置入院歴もあることなどが報じられており、精神障害が事件に影響を与えた可能性も十分にある。その場合、特に心神喪失ともなり得るのであれば、安易に実名報道を行うことは、精神障害のある人への人権侵害となり得る(将来的に被疑者が心神喪失を理由に不起訴あるいは無罪となったとして、これだけ実名が報道されれば、社会は受入を拒絶するだろう)。
例えば、先般、東京高裁で心神喪失を理由に逆転無罪判決となった長野2人殺害事件では、第1審当時、被告人は当然のように実名報道されており、控訴審で無罪となった途端に匿名報道となったが、ネット社会では、少し調べるだけで(ものの数十秒で)本名に辿り着いてしまう。あとから慌てて匿名にしたところで、何の言い訳にもならないと言うことを、どうして学習できないのだろうか。
もう一つは、政治家・有識者である。措置入院が退院後のフォローアップがないことを問題視して、はやくも制度改正論議が喧しく、それどころか報道によれば、再犯率が高い性犯罪者を含めてGPSをつけろという政治家まで登場した(自民党の山東昭子元参院副議長)。
「安城通り魔」事件が更生保護法の改正に結び付き、池田小事件が医療観察法の制定に結びついた歴史があるように、とかく、突発的な事件が起こると立法で対応しようという特徴は如実である。しかし、このような動きはともすると、感情的、結果論的な動きとなり、必然性を欠き、相当性を逸脱した立法に繋がる。
措置入院から退院した人の再犯率を論じることもなく、GPSで監視しておけば万一のことは起きなかったと主張するなら、行動を誤魔化す政治家(元東京都知事や、元神戸市議などは、その類だと思われる)に対してもGPSで監視しておけば万一のごまかしを防げるという議論をして良さそうなものだが、そうはならない。結局、弱者を叩く分には構わないという、さもしさである。
海外のことは知らないが、少なくとも、この社会において、このような出来事は繰り返されている。心神喪失の問題に限らなければ、更に数を挙げることも容易である。ことマスメディアは、時々、自らの報道の在り方を振り返って検証することがあるが、不思議なことに、その反省が活かされているようには思えない。
政治家・有識者に至っては、この手の軽挙妄動を反省したことなどあるのかな、というのが偽らざるところである。
(8月12日 追記)
本日、神奈川県弁護士会が8月2日付けで公表した、相模原事件を踏まえた「障がいのある方々への支援の決意を新たにする会長声明」に接した。
同声明は複数の観点から練られているが、本欄で問題とした政治等の動向については「・・解明されていない状況で、あたかも措置入院の制度が今回の事件の一因であるとしてこれを見直す動きを行うことは、拙速・・精神障がいある方々の人権一般を脅かしかねません」と指摘している。
本欄と問題意識を同じくし、我が意を得たりである。
事件被疑者が満腔の敵意に晒されている中、地元の弁護士会が会長声明の形でこのように指摘したことに、弁護士集団の心意気を見た思いである。
(弁護士 金岡)