私は国選事件をやらない。やらないというよりはやれない。
や「れ」ない理由は、法テラスと契約したくないから。それに尽きる。

法テラスの約款は、国選弁護に要する実費に関し、特定の類型にのみ上限3万円で支出を認め、その余は自己負担を強いる。国家予算には限度がある、また、柔軟に対応することは法テラスの裁量を認めることに他ならないから弁護士会が許さない、という理由である。この約款に同意すると言うことは、創意工夫に基づく刑事弁護の「死」を意味する、と思う。自己負担を良しとしないなら、文献の取り寄せもできない、それどころか依頼者への手紙すら出せない(依頼者への手紙代は、上記特定の類型に含まれない)、遠距離出張に該当しない接見もできない(遠距離出張でも源泉徴収されるので途中下車を強いられ現地にたどり着けない)ことになる。

ついでに言うと、訴訟記録の依頼者用の複写費用も出せない(原則的には200枚まで不支給。200枚を超える部分も上限40円なので謄写費用が40円を超える地域(愛知もそうである)では差額が自己負担になる。)。経験するところでは、法テラスの言い分は、「差し入れたい気持ちは分かるが」「アクリル板越しに見せるとか、読んで聞かせれば良い」という。馬鹿も休み休み言え、というものである。

自己負担で健気に戦う姿勢は御立派だが、それを制度の前提にしてしまっては話にならない、というより、弁護士業界逼塞の砌、自己負担を良しとしない国選弁護人の弁護活動が低調になるのは余りに見え透いている。
つまり、このような約款を受け入れることは、低調な国選弁護活動に加担するものに他ならない。

法テラスにはそのほかにも様々な問題があり、あらゆる分野で契約を拒否せざるを得ないのが実情であると考えている。法テラスが立ち上がって既に10年を数えるため、制度創設期の議論を知らない弁護士からすればピンと来ないだろうし、各地で法テラスとの契約率は漸増傾向であり、一部の頑固者の戯言、年寄り(と言うほどではないが)の繰り言と言われるかも知れないが。(その2に続く)

(弁護士 金岡)