最近、知人から教えられた、埼玉の懲戒事例は、報道によると次のようなものである(12月08日付け東京新聞ウェブサイトより引用)。
「弁護士会によると、この事件は二人の男による共犯だったが、一人が先に傷害容疑で逮捕された。その後もう一人の男がX弁護士に接触し、「逮捕された男が一人で罪をかぶろうとしているのでその意向に沿って弁護してほしい」との趣旨で依頼。X弁護士はこれを引き受け、また、後に加わった共同弁護人にもう一人の男の存在を隠して、単独犯として弁護した。後に二人は共犯として傷害致死罪で起訴され、有罪判決を受けた。弁護士会はこうした行為は、「真実を尊重し、信義に従う」などと定めた弁護士職務基本規程などに違反すると判断した。」
問題を単純化すると、共犯者がいることを知っている弁護人が、捜査段階において共犯者がいない事件と主張し、そのことにより依頼者に不利益を与えたことが問題とされたということだろうか。依頼者自身が共犯者の存在を知らない筈はないから、どこかで共犯関係を明かさない方針にぶれが生じ、ややこしい事態に陥ったのだろう。
報道前提では少々心許ないが、一読して違和感を覚えること、「真実を尊重」と刑事弁護との緊張関係は重要な命題であるので、思うところを書いてみたい。
まず、通説的に、刑事弁護人は積極的真実義務は負わないが、消極的真実義務は負う、と言われている。真実を黙っていることは構わない(真実を言う義務はない)が、真実に反する事実を積極的に主張することは認められない、ということである。
例えば依頼者Aから、自身が真犯人だと打ち明けられた上で、そのことは黙秘したいと言われた場合、Aが真犯人だと主張することは出来ない。黙秘権を保障され、かつ弁護人の弁護を受ける権利のあるAに就いた弁護人が積極的真実義務を負うとなると、どちらをも全うすることが出来なくなる。
しかし、Aが「嘘のアリバイを主張したい」という場合、それに乗ることは認められない。黙秘権や弁護を受ける権利は、嘘をつく権利の保障ではない。もしAが、嘘のアリバイを主張する意思を変えないなら、弁護人の地位にとどまり続けるとしても(国選だと否応なくとどまらざるを得ないだろう~裁判所に相談を持ちかけるなど、もってのほかである~)、これに沿う証拠の請求や、Aの被告人質問を申し出ることすらも、消極的真実義務違反だろう。Aへの最善を尽くす義務には反するかも知れないが、やむを得ない結論である。
ただし、最終的な証拠関係において、依頼者Aが真犯人であることの証明が十分でないと判断される場合、その旨を主張することに問題はない。依頼者Aが真犯人だと知っていることと、依頼者Aが真犯人であることの「証明がない」という主張とは何ら矛盾せず、刑事裁判の仕組みにおいて証明不十分を指摘することは余りに正当である。依頼者から重大な秘密を打ち明けられ得る立場の弁護人は、最善を尽くす義務、手続保障、消極的真実義務といったともすると対立する命題の中で、その使命を全うしなければならない。
以上の理解に基づくと、本件懲戒事例にあって、依頼者に共犯者がいると知っている弁護人が、単独犯であるという嘘を積極的に主張することは許されない。
しかし、依頼者が共犯関係を供述したくないという限り、共犯であるという主張も出来ない(そう主張する義務がないことは勿論である)。意に反した主張は最善を尽くす義務に反する(場合により守秘義務にも反するだろう)からである。
かくして、弁護人は、単独犯とも共犯とも事実主張できない。可能なのは、①証拠上、単独犯と評価すべきである、という評価に止めた主張か、②なにも言わないか、どちらかだけであろう。(その二に続く)
(弁護士 金岡)