【過料決定の論理】
辞任後の在席命令が有効であるとすれば、辞任は無効だと言うことになる。その論理はどこに求められるのか。
過料決定審の論理は、決定理由によると、手続の進行を阻止する為に行われた辞任は「少なくとも上記公判前整理手続期日が終了するまでは、効力を生じないものと解される」というものである。
本件は、事件係属中のため抽象的にしか言えないが、3月22日の当日に尋問予定であった証人Aについて、その数日前にAの供述録取書等が新たに開示・請求され、更に前日、専門家証人Bについて、その証言の信用性を補強する事情が付加して主張されたという経過があり、にもかかわらず反対尋問までやらせるという手続は阻止されて当然であった。
不合理な訴訟指揮に対し、期日変更も却下され、打つ手がなくなった場合、弁護人はどのように対処すべきなのか。優れて実務的、実践的な課題である。
【不合理な訴訟指揮を阻止することは刑事弁護の宿命である】
私の代理人を務めて頂いた髙山巌弁護士に御指摘頂いたのは、ABAガイドラインの「Prosecution Function and Defense Function,Third Edition」(検察官の役割と弁護人の役割、第三章)で、弁護人の役割がどのように位置付けられているか、である。
(第2回全体会議に向けた通信2号から再掲すると)次のようである(カギ括弧内が引用)。
「被告人の諸権利を擁護するうえにおいて、刑事弁護人は、幾つかの事柄について裁判官の希望するところに抵抗することがある・・ときには頑固で非協力的に見えることがあっても良い」「そうすることによって、弁護人は、司法運営における職責と矛盾している訳ではなく、むしろ、当事者主義の制度における必要かつ重要な機能を果たしている」「それは正義の実現のための不可欠の要素」である、と。
同ガイドラインが、時に非協力な態度に出てでも被告人の諸権利を擁護することこそが弁護人に期待されている機能であることを強調するのは、弁護人に安心して果敢に振る舞えるよう、保障を与えていることに他ならないというべきであり、勿論このことは裁判所の理解を得ることは容易ではない(裁判所が、裁判官の訴訟指揮に対し、そんな訴訟指揮は阻止されて当然だと指弾することは余り想定しづらい現象である)ことからすれば、一朝このような問題が生じた場合、弁護士会が、わけても刑事弁護委員会は、後に続く弁護士が果敢に振る舞えるよう、後押しすることこそ、本懐と心得るべきであると考える(迎合せよというのではない。理を説き、議を尽くし、その上で結論を下せば良い。)。
【阻止されて当然の訴訟指揮の事例】
連載の最初に指摘したように、愛知県弁護士会刑事弁護委員会の調査部会は、私に対し、期日変更請求却下に対する異議や忌避を行わず辞任に踏み切ったことについて、異議や忌避を活用すべきだったという「助言」を考えていたという。その「助言」の馬鹿馬鹿しさについては、後に検討するが、それはさておき、阻止されて当然の不合理な訴訟指揮というのは幾つも経験してきた。自分で言うのもなんだが、真剣に防御を考えれば考える程、衝突は多くなる。突き詰めてぎりぎりの時、どこまで依頼者の防御を考えられるかは、基本にして究極の問題ではないかと感じる。幾つか事例を紹介してみたい。
かれこれ10年近く前になるが、数十回もの整理手続を経て集中審理入りした重大事件で、検察官証人の一人目の尋問前日、弁護人の1名の実父が亡くなり、同弁護士が喪主を務めるため出頭できなくなったという事態が生じた。
3名の弁護団の誰一人が欠けても困る、ということで、期日変更を請求したが却下される事態になった。勿論、同弁護士がお飾りなはずはなく、尋問の強行は受け入れられない。裁判所から見れば残る2名で何とかしろという程度の意識なのかもしれないが、弁護団というものはそういうものではない。我々はこのとき、辞任こそしなかったが、とある方法により尋問に進むことを阻止した。
また、ある事例(やはり地域を騒がした重大事件であった)では、検察官が存在を争った証拠について裁定請求の末に検察官に対し証拠開示命令が出されるも、検察官は「ないものはない」と突っぱね、すると裁判所は一転して「ないものとして進める」と宣言した。この問題が紛糾して蹴りがついていないというのに、裁判所は突如、整理手続を打ち切り、公判入りしようとするという強行きわまった訴訟指揮を行った。
このときは、神谷明文弁護士(調査部会の1名である)と私は、揃って辞任し、立て直しを図る善後策を講じるだけの時間的余裕を力尽くで確保したものである。
今回もそうだが、このような場合に唯々諾々と裁判所の希望する進行に流される。それは楽だろう。楽だろうが、依頼者の防御に取ってみれば確実に不利益である。自身がいかにしんどかろうとも、依頼者の防御に殉じる。それは基本的な使命ではないか。不合理であり、防御上不利益であっても、決まったことには従え、という意見には賛成できない。それは刑事弁護の使命に反していると断じる。
このように突き詰めた末に弁護人が決断したその時、仮にも刑事弁護委員会の看板を掲げる組織が、また、弁護士会という完全なる自治組織が、敢然と支持を表明しないでどうする、ということである。
(弁護士 金岡)