1.かつて本欄で報告した、法廷傍聴記録作成のためのノートパソコン使用を禁じられた件についての国賠は、残念ながら請求を棄却された(現在控訴中)。
今にして思えば、政策的提言を伴う類の国賠は一人で抱え込むものではないという感を強くするが、それはそれとして、地裁判決を公表しておこうと思う。

2.事案は、犯罪被害者である成年被後見人の成年後見人であった私が、加害者の公判傍聴に付き添い、傍聴記録を作成していたところ、休廷時間に裁判長の使者からノートパソコン使用を控えるように要請を受け、これを拒否したところ、景山太郎裁判長から正式に使用を禁じる法廷警察権の行使を受けたというものである。
争いがないところとしては、以下のような特徴がある。
(1)事前に特別傍聴席の確保を受けており、景山裁判長は私が何のために法廷傍聴していたかをよく御存知であったと言うこと。
(2)休廷時間前からノートパソコンを使用していたが、加害者の弁護人に取材したところでは、ノートパソコン使用に気付きすらしていなかったということ=打鍵音が耳に付くとかノートパソコン使用に心理的圧迫を受けた当事者がいるなどと言うことはなかったこと。
(3)景山裁判長から、何のためのノートパソコン使用かとか、文章作成機能以外も使用するのか確認を受ける、ということはないまま、いきなり使用を禁じられたこと。

3.私の主張は、レペタ訴訟最高裁判決が「傍聴人のメモを取る行為が公正かつ円滑な訴訟の運営の妨げるに至ることは、通常はあり得ないのであって、特段の事情のない限り、これを傍聴人の自由に任せるべきであり、それが憲法21条1項の規定の精神に合致するものといえる」としていることに照らすと、
(1)裁判所は、「傍聴人の自由」に任せられない「訴訟の運営の妨げに至る」可能性を具体的に判断して、訴訟の運営と傍聴記録作成との合理的調整義務を図らなければならない義務を負うのであり、
(2)景山裁判長は、全く弊害のない私の傍聴記録作成を頭ごなしに一律禁止したのだから、そのような合理的調整義務に違反した違法な法廷警察権行使をされた。
(3)ついでに言えば、国側は景山供述に基づく立証をしなかったから、本件法廷警察権行使が、訴訟の運営上の目的に出たものか、個人的な嫌がらせか、はたまた景山裁判長の気まぐれか、それを見極めるすべはなく、少なくとも訴訟の運営上の目的に出たという事実認定は出来ない、
というものであった。

4.地裁判決の判断理由は、本欄末尾に全文を掲げておく(なお、グーグルクロムのOCR処理を利用したので、少々の変換上の問題は御容赦願いたい)。
(1)裁判所は、前記3(1)(2)の問題意識をまるで無視した。その判旨に従えば、何の弊害も予想されないノートパソコン使用も、一律禁止が可能になる。レペタ訴訟最高裁判決が出る前、裁判所側は「メモを取る音が裁判を邪魔する」「メモが流出して訴訟関係人のプライバシーが害される」といった意味不明な論理を声高に喧伝してメモを取る権利を否定しようと躍起であったが(このあたりは、有斐閣「MEMOがとれない―最高裁に挑んだ男たち」を読むと良いと思う。心躍る書籍である。)、結局それは中身のない空疎なものであったことは時代が証明した。しかしまた、歴史は繰り返された、と思わされる。
(2)少し興味を引かれることとして、裁判所は、私が景山裁判長の法廷で弁護人としてノートパソコンを使用していた実績があることに対し、訴訟当事者としての使用と傍聴人としての使用とは差があってもしょうがない、と述べていることが挙げられる。なるほど、訴訟当事者としての使用と傍聴人としての使用とは、時として必要性に差がある(但し、メモの権利や、法廷傍聴の重要性を考えると、そこに有意な上下差を見出すことは、相変わらずの裁判所の意識の浅はかさを示すと思う)かもしれない。しかし問題は、レペタ訴訟最高裁判決がいうような「傍聴人の自由」に任せられない弊害があるかどうかの筈である。そうであれば、同じ私が、訴訟当事者としては裁判を妨げない使い方をし、傍聴人としては裁判を妨げる使い方をしかねないという意味の分からない事実認定は、どこから出てくるのかと思わされる。
(3)裁判所は、景山裁判長の法廷警察権行使の目的を、訴訟の運営上の目的に出たものと事実認定した。景山供述がなく、かつ、恣意的な法廷警察権行使を受けたと被害者が主張しているのに、恣意的でないと認定するとは、恐れ入る。同僚が悪いことをするはずはないという、盲信がある。こういう裁判所に国賠の判断をさせると、結局、裁判官は悪いことをしない、という出発点が設定されてしまうと痛感する(こういう裁判官であれば、警察官は嘘をつかないとか、検察官は悪いことをしないとか、とかく、お仲間側を庇い立てする判決を量産するに違いなかろう)。
(4)ともかく、裁判所の論理の浅はかさは目を覆うばかりである。
敢えて付言すると、もし、秘密録音等を問題とするなら、携帯電話を持ち込み放題、身体検査もない法廷傍聴で、秘密録音等はとても容易である。それらを放置しておきながら、弁護士倫理に基づき成年後見業務を行うだけの私のノートパソコン使用を妨げるというのは一貫性がない。
他方、打鍵音やノートパソコンの存在自体による心理的圧迫を理由とするなら、前者は静かに使用すれば良いだけであり、後者は、マスメディアや、被害者をも、傍聴席から排斥しなければ筋が通らないだろう。
もっともらしい理屈すらなく、一体全体、何と闘っている判決なのかと不思議である。

(弁護士 金岡)

【名古屋地判平成30年2月16日】

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(景山裁判長の本件指示の国家賠償法上の違法性の有無)について
(1) 国家賠償法1条1項にいう違法について
国家賠償法1条1項にいう違法とは,国又は地方公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反することをいい(最高裁昭和53年第1240号同60年11月21日第一小法廷 判決・民集39巻7号1512頁, 最高裁平成25年第1079号同27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2427頁等参照),公権力の行使に当たる公務員の行為が同項の適用上違法と評価されるためには,当該公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該行為をしたと認め得るような事情があることが必要であると解するのが相当である(最高裁平成元年第930号, 同け第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁,最高裁平成7年の第116号同11年1月21日第一小法廷判決・集民191号127頁等参照)。
(2) 裁判長の法廷警察権の行使に関する違法について
法廷を主宰する裁判長には,裁判所の職務の執行を妨げ,又は不当な行状をする者に対して,法廷の秩序を維持するため相当な処分をする権限が付与されている(裁判所法71条, 刑事訴訟法288条2項)。上記の法廷警察権は、法廷における訴訟の運営に対する傍聴人等の妨害を抑制排除し、適正かつ迅速な裁判の実現という憲法上の要請を満たすために裁判長に付与された権限である。しかも,裁判所の職務の執行を妨げたり,法廷の秩序を乱したりする行為は,裁判の各場面において様々な形で現れ得るものであり,法廷警察権は、上記の各場面において,その都度,これに即応して適切に行使されなければならないことに鑑みれば,その行使は,当該法廷の状況等を最も的確に把握し得る立場にあり,かつ,訴訟の進行に全責任をもつ裁判長の広範な裁量に委ねられて然るべきものというべきであるから,その行使の要否、執るべき措置についての裁判長の判断は,最大限に尊重されなければならない。したがって,法廷警察権に基づく裁判長の措置は,それが法廷警察権の目的,範囲を著しく逸脱し,又はその方法が甚だしく不当であるなどの特段の事情のない限り,国家賠償法1条1項の規定にいう違法な公権力の行使ということはできないものと解するのが相当である。(前掲平成元年最高裁判決参照)。
(3) 景山裁判長の本件指示の国家賠償法上の違法性
筆記行為の自由は,さまざまな意見, 知識, 情報に接し,これを摂取することを補助するために行われる限り,憲法21条1項の規定の精神に照らして尊重されるべきではあるが,他者の人権と衝突する場合にはそれとの調整を図る上において,又はこれに優越する公共の利益が存在する場合にはそれを確保する必要から,一定の合理的制限を受けることがあることはやむを得ないところである。しかも,上記筆記行為の自由は憲法21条1項の規定によって直接保障されている表現の自由そのものとは異なるものであるから,その制限又は禁止には,表現の自由に制約を加える場合に一般に必要とされる厳格な基準が要求されるものではないというべきである。
また,法廷は,事案の真相を明らかにし,法律を適用して、適正かつ迅速な裁判を実現すべく,裁判官及び訴訟代理人が全神経を集中すべき場であって,法廷において最も尊重されなければならないのは適正かつ迅速な裁判を実現することであるのに対し,傍聴人は,裁判官及び訴訟関係人と異なり,その活動を見聞する者であって,当該裁判に関与して何らかの積極的な活動をすることが予定されている者ではない。そうすると,傍聴人が傍聴席でメモを取る行為が、紙とペンによるものであれ, ノートパソコンによるものであれ,法廷における公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げる場合には,それが制限又は禁止されるべきことは当然であるというべきである。(前掲平成元年最高裁判決参照)
特に, ノートパソコン等の電子機器によってメモをとる行為についてみると,一般的に, ノートパソコンには、文書作成機能のみではなく, 写真撮影、録音録画機能及び通信機能等多種多様な機能が搭載されており,外形的にはどの機能を使用しているか直ちに認識することが困難であるという特徴があることは、顕著な事実である。そして、文書作成機能以外の機能が使用された場合, 刑事訴訟規則215条が禁止する無許可での写真撮影及び録音等が行われるなどのおそれがあり,その疑念を抱いた訴訟関係人が心理的圧迫を受けるお
それがある。さらに, 傍聴席でノートパソコンが使用された場合, 打鍵音が発生し,それにより訴訟関係人及び傍聴人が審理に集中できなくなる可能性もある。原告は,抽象的な弊害発生のおそれのみでノートパソコンの使用を禁止することは許されないのであり,本件公判期日に出廷していた弁護人、証人及び被告人が気づかないほど静穏にノートパソコンを使用していたから,証人や被告人が心理的圧迫を受けるという弊害はなく,現在は多くの訴訟代理人や弁護人等が尋問記録等をノートパソコンで作成していることからすれば,成年後見人業務として成年被後見人に訴訟当事者の発言等を説明すべく傍聴記録を作成していた弁護士である原告が,ノートパソコンの使用により訴訟進行を妨げるべき弊害を発生させることを想定することは困難である旨主張する。しかし,上記のとおり, 傍聴席においてノートパソコンでメモを取る自由は憲法上の直接の保障を受けるものではなく,法廷警察権の行使についての裁判長の判断は最大限尊重されなければならないところ,ノートパソコンの使用には,上記のとおり様々な弊害があり得るのであり,法廷を主宰する裁判長が,その都度個別具体的な弊害を確認しないかぎり,法廷警察権の行使としてノートパソコンの使用を制限又は禁止できないとすると,その確認行為自体により,訴訟の 円滑な進行が妨げられかねないし,訴訟関係人の受ける心理的圧迫を払拭することが困難になる。原告としては,ノートパソコンの使用が禁止されても,紙とペンを用いることにより,傍聴記録を作成することは可能である。また,前記のとおり,裁判官及び訴訟関係人と傍聴人との間には,当該裁判に関する立場の違いがあることに鑑みれば、当該裁判の訴訟代理人や弁護人のノートパソコンの使用を禁止せず、傍聴人のノートパソコンの使用を禁止する取扱いをすることには合理性があるというべきである。そして, ノートパソコンを使用する傍聴人が当該裁判で審理される事件の被害者の成年後見人である弁護士であったとしても,その理は異ならない。したがって,原告の上記主張は採用できない。
なお, 景山裁判長の本件指示に至る経緯(前提事実)に照らすと,本件指示の目的は,ノートパソコンの使用による前記弊害を防止するためであったと優に推認することができ、景山裁判長が恣意的に傍聴席でのノートパソコンの使用を制限していることをうかがわせる証拠もないから,本件指示は,裁判長の合理的裁量の範囲内といえる。
よって, 景山裁判長の本件指示は,法廷警察権の目的, 範囲を著しく逸脱し,又はその方法が甚だしく不当であるとはいえず,国家賠償法上違法とはいえない。
2 以上より,景山裁判長の本件指示は国家賠償法上違法とはいえないから,争点(2)については判断の限りではない。よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第8部
裁判長裁判官 桃崎剛
裁判官 前田志織
裁判官 澤田真里