この事件に関しては、教訓的なところ、更に危険と捉えるべき動きもある(報道には現れないが、控訴審で追加された麻薬特例法8条2項の扱い等)。確定したので要点を解説しておきたい。

【事案の概要】

事案は、15日に町中で暴れ、通報・職質され、採尿・尿鑑定されたHの尿中から覚醒剤成分が検出され、そのHが「11日にAから貰った覚醒剤をその日に使っただけである」「金がなく、それ以外に購入、使用はしていない」等と説明し、Aが逮捕されたという、覚醒剤の無償譲渡事案である。

15日のHの尿からは覚醒剤成分が出ているが、それが「11日にAから貰ったもの」の科学的組成を証明できるかは別論である。言うまでもないが、もしHが15日に覚醒剤を使っていれば(町中で暴れて通報・職質・採尿される一連の流れからは、そのことを強く疑うべきだろう)、「11日にAから貰ったもの」がなんであれ、15日のHの尿からは覚醒剤成分が出てしまう。また、15日当日を除いても、10日であれ、12日であれ、要するに「11日その日のその使用」以外の合理的検出可能期間内の(別の)覚醒剤使用の疑いが残る限り、同じことになる。弁護人の原審以来の主張は、まさにこの点を突くものであった。

これに対し、検察官は、H供述が信用できること(但しHが幾ら覚醒剤だと感じたからといって、Hが摂取したものが間違いなく覚醒剤だとは証明できないから、これだけでは不十分であることは自明である)に加え、Hの15日の尿中覚醒剤成分濃度が1.402㎍/mlであったところ、これは「薄い方なので摂取後3日以上は経過していると見るべき」との科捜研技官の供述を援用してきた。

後述の通り、高裁判決は10日に着目して「11日その日のその使用」以外の合理的検出可能期間内の覚醒剤使用の疑いが残るとしたので、高裁判決は上記の技官供述の科学的証明力には踏み込まなかったが、原審の出口裁判官は、この技官の供述を信用してしまい、更にH供述も信用した。

【担当裁判官共通の問題性】

原審、出口判決は、技官供述を信用し、それをも補強証拠としてH供述を信用した。その不合理さは別途、説明するが、第一の問題は、やはり、出口裁判官がHの自己使用事件の担当裁判官でもあったところにあったのではないかと思わされる。

弁護人は、証拠開示により出口裁判官がHの担当裁判官でもあったことを突き止め(Hの他機会の使用の可能性を立論する上で、Hの常習性等、詰まるところ最終的にHの前科記録を含む確定記録まで検討を尽くしておくべきことは当然である)、回避を勧告した。
回避を勧告した理由は、ことは単に担当裁判官というに止まらなかったからである。検察官は、おそらくは本件被告人Aが争う姿勢であることを念頭に(A氏は自身の捜査段階で黙秘していた)、Hの公判に於いて「Aから貰った」状況に関して相応に詳細な被告人質問を展開していた。
争わない方の公判で、つまり実質的に反対尋問を回避できる状況で、争う方の公判では争点になるだろう事項について詳細な尋問を実施し、いざとなれば裁面調書として利用しようとする検察官の姿勢はしばしば見受けられるが、憲法上の反対尋問権保障を実質的に害するものであり、姑息である。故に裁判所は、争わない方の公判での無用な詳細な尋問は毅然として阻止すべきであるし、仮にそうしないなら、万が一、自身に争う方の事件も配点された場合は、潔く回避すべきであろう。
しかし出口裁判官は、(自らHの公判の担当だったと正直に打ち明けることもなかったし、)回避を拒否した。その挙げ句が、要旨「売人とは友だち付き合いしている」ので連絡を取り合っていても覚醒剤を購入しているわけではない趣旨のH供述を「不自然不合理とまでは言えない」等とする誤判に繋がった、と見得る。争わない方の公判で(寛大な刑を期待して)反省し(て見せ)、「正直にも」Aから入手した一連の経過を打ち明けたHの姿勢に、(証拠の精緻な分析に基づく心証ではなく)印象が引きずられたと、弁護人としては評価せざるを得ない。

裁判所はしばしば、人員体制の窮乏を挙げ、また職業裁判官としての心証形成の専門性(関連事件相互間においても私知を排し証拠に忠実に裁判できるという、大多数の裁判官には困難であろう非人間的な技術)を強調して、上記のような配点を正当化しようとするが、(争う方の)弁護人からすれば無理があるし、不公平に映ることは否定し得ない上に、今回のように(科学的に実証は出来ないにせよ、合理的に考えて連関しているだろう)実害を伴うとなれば、いい加減、このようなまやかしは止め、①自身が関連事件を担当したことの告知義務を課し、②被告人に担当から外させるかどうかの選択権を付与する、くらいのことはすべきだろう。人である以上、前に見聞きした情報の影響から完全に離脱することは期待できないし、少なくとも完全離脱の実証は不可能である。見た目の公平らしさは言うに及ばず、内容的にも危険を伴う以上、このような制度的手当の整備は急務と考える。

【保釈】
昨年1月30日に起訴、当時の弁護人がすぐに保釈を請求するも却下。
3月に私が加わり、回避を勧告した時点で、まだ保釈はされていなかった。
このように被告人が質に取られている状態でなければ、忌避まで進んでいたかも知れない、とは思うところである。
なお、被告人黙秘のまま3月に保釈が実現した(検察官抗告棄却)。腰を据えた尋問準備をする上で(H尋問は夏、技官尋問は秋)、これだけは良かった。否認事件こそ、早期保釈が重要である。

(続く)

(弁護士 金岡)