【麻薬特例法8条2項】
控訴審における驚きの展開として、おそらくは裁判所が主導して、予備的訴因に麻薬特例法8条2項が加えられたことが挙げられる(裁判所によれば縮小認定可能な部類らしく、その意味で予備的訴因というのは正確ではないのかも知れないが)。
要するに、交付物の科学的組成の証明がないとしても、「Aが覚せい剤を交付する意思で、証明不能の成分を有する薬物その他の何かを交付した」のであれば、麻薬特例法8条2項で有罪になるのではないかという考えのようである。
まず、手続的な問題として、時機遅れ若しくは濫用的な訴因変更ではないかということがある。
これに対する裁判所の見解は、「大小関係」であり、そもそも訴因変更の問題ではない、というものであった。
しかし、「覚醒剤」でなければ処罰し得ない覚せい剤取締法の訴因の中に、「覚醒剤」を含む「薬物」であれば処罰できる「広い」麻薬特例法8条2項が「小」なる訴因として含まれているというのは、論理的に理解しがたい。
予備的訴因が加えられた経過は弁護人の立場からは判じかねるが、強引である。
ともあれ、控訴審において麻薬特例法8条2項が訴因に加わった。
聞くところによると、現物の特定が不能な事案で複数、麻薬特例法8条2項で起訴されている事案があるようであるが、同法条はそもそも、クリーンコントロールドデリバリーに対応する条約を受けて国内法創設に至ったものであり、濫用を懸念した付帯決議まで付されている(ということは、この問題への助力を依頼した某教授との意見交換、文献検討の中で初めて知ったことだが)。私人間の一回的な無償交付の事案に適用しようという発想に無理があり、もしこの発想を通そうとするなら、客観的に法益侵害がゼロでも薬物犯罪を犯す意思だけで処罰できるようになり、本邦の刑法体系との整合性にも相当の疑問が生じる。
実体法的な意味合いでも、相当におかしな展開であるというのが感想である。
【判決結果】
主位的訴因である覚せい剤取締法違反については、裁判所は、Hの10日の電話履歴から密売人から薬物を購入した合理的疑いを認定し(同論点に関する出口判決の結論に照らせば出口判決も同じ結論に至らざるを得ない趣旨のおまけ付き)、以て、合理的検出期間内の他の機会の使用の可能性が排斥できないとして「15日の尿鑑定」の11日の交付物の科学的組成に対する証明力を否定した上で、原則的に科学的鑑定により証明されるべき覚醒剤性について、H供述のみでは証明に至らないとして、これを否定した。
当たり前ではあるが、科学的証明でなければならないことをきちんと確認する姿勢は高評価である。「何となく怪しいし、覚醒剤取引だと考えれば大体、整合的だし、Hもその気だし・・覚醒剤との推定を覆す反証は見当たらない」的な魔女裁判の如き総合考慮で覚醒剤性を認定しようとする裁判体も大いに有り得そうであることを考えると、僥倖、とも言えよう。
予備的訴因である麻薬特例法8条2項については、裁判所は「主として」薬物犯罪を犯す意思の認定で排斥した。
曰く、「違法なものを含むこの種薬物の取引においては、粗悪品は勿論のこと、偽物が用いられる場合もある」との前提に立ち、更にHとAとの関係や、無償の交付であったことなども加味して、A側が間違いなく薬物犯罪を犯す意思であったとまでは断定できないとしたのである(なおAは、公判廷でも黙秘した)。
弁護人が、私人間の一回的な無償交付事案において麻薬特例法8条2項を適用すること自体に濫用性を見出していたことは前叙の通りであるが、裁判所は、おそらくそのような限定解釈には賛同しなかったものの、クリーンコントロールドデリバリーのように薬物犯罪を犯す意思が明瞭な類型との対比において、私人間の一回的な無償交付事案のように様々な事情の考えられる類型では、間違いなく薬物犯罪を犯す意思であったかどうかについて相当慎重な姿勢で臨むことで、実質的に、立法経緯や濫用への警戒に手当てしたのではないだろうか、と推察できるところである。
(終わり)
(弁護士 金岡)