論告弁論まで進んでから依頼を受けた地裁案件がある。
依頼者Aは第1回公判で認め、弁護人も同調し、全部同意の意見を述べて手続が進んでいる。しかし、相被告人Bは、事実は認めたものの、役割の主従関係においてA供述を争い、「Aの供述調書は同意するが信用性を争う」意見を述べていた。
勢い、AB双方の被告人質問でも事実の押し付け合い合戦となり、双方の弁護人はそれぞれ弁論で互いの依頼者こそ信用できるという論陣を張っていた。検察官も、「Bの認め供述は捜査段階から一貫し・・・」として、信用性論争に加わり、Aを攻撃した。

以上のような様相の事件を引き継いだのだが、なんと証拠開示請求がされていない。
ABの全供述録取書等すら、揃っていない。
検察官が論告で「Bの認め供述は捜査段階から一貫し・・・」としたことを証拠で検証することすらできない体たらくである。
事件を引き継ぎ、「とりあえずAB、あとCDE・・の全供述録取書等や、裏付けとなるLINE記録は最低限、開示請求します」と宣言すると、幸いというべきか全体の理解を得られ、その方向で進むこととなった。

そもそも、全部同意という証拠意見が理解に苦しむ代物である。
事件と無関係の話題(しかもなんとなくグレーっぽい遣り取りが続くような)満載のLINE記録を、関連性や印象面での不利益を検討もせずに同意するというのはどういう了見なのだろうか。たとえ保釈請求との兼ね合いがあるにしても(そういう事件ではある)、関連性を争って撤回を求められる類いも多かろう。「全部同意」などという証拠意見は、思い出せる範囲で、一度も述べたことはない。

証拠開示請求をせずに証拠意見を述べるというのも、やはり理解に苦しむ。ことAの立場からB供述を争うことになるのは見え見えなのだから、ABの全供述録取書等の開示を受ける前に証拠意見を述べる、というのは、全く以て度し難い。五千歩、一万歩くらい譲っても、Bを弾劾すべき(或いはAが弾劾されかねない)AQ前には開示を受けておけよと思う(この点は、裁判所に提出した進行意見でも、「どのように考えても擁護不可能」と記載した)。

類型証拠開示制度と、そこから派生した準じる任意開示は、まだまだ欠点はあれど、使える制度には違いない。しかし、活かすも殺すも、法曹次第である。自白事件は、同意する事件は、証拠開示請求をやらなくていい、などという発想は、どこで育つのだろうか。司法研修所の教育が悪いのだろうか。それとも実務修習だろうか。自身の修習時代を振り返ると、ろくな教育を受けず、かつ、先輩法曹の悪いお手本ばかりを見て育ったんだろうなぁと思わされるが、そうだとしたら、負の遺産の連鎖、拡大生産を断ち切るのは容易なことではないのだろう。
「自白事件」の最低限、というものを画するのは難しいが、少なくとも、定型的な証拠開示請求をすること、依頼者に開示証拠の写しを交付すること、同意しない意見を特別なものと思わないこと、必要性関連性を厳しく見ること、くらいは最低限、と言わなければならないのではないだろうか。これくらいのことは、仮に予定通りに第1回公判期日を維持したいとしても、難しくはない。

(弁護士 金岡)