奈良市内で元首相が背後から銃撃されたとされる事件を巡り報道が盛んにされている。目に付くのは、民主主義への攻撃だと煽る報道姿勢である。

事件性、犯人性はともかく、行為動機が民主主義への攻撃なのか、たまたま選挙演説中の人が狙われただけなのかは、現段階でも決めようがないのに、本人への裏付け取材もなく前のめりに煽る報道姿勢には、全く感心しない。話題が旬の時に軽率な報道を行い、それが後に名誉毀損訴訟に発展することなど、ままあるというのに、報道関係者がいつまでこの愚を繰り返すのか、うんざりである。

・・・と独りごちていたら、日弁連も同じことをやらかしていた。
https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2022/220708.html
7月8日付け会長声明である。
曰く「選挙期間の応援演説中に銃器を使用して尊い人命を脅かすことは、その動機がいかなるものであれ、国民を不安に陥れる卑劣な行為というだけではなく、言論の自由を封殺するものであって、基本的人権と民主主義に対する重大な攻撃であり、断じて許されるべきものではない。」という。

「動機がいかなるものであれ」と留保を付けているが、「言論の自由を封殺するものであって、基本的人権と民主主義に対する重大な攻撃であり」と断定しているので、言っていることは前のめり報道と同じである。
その後の報道によれば、政治信条とは無関係の怨恨の線が浮上し、そうすると偶々応援演説中の機会を捉えた事件であったに過ぎず、民主主義への攻撃でもなんでもないことになる。
苟も日弁連たるもの、冷静に一歩引いて、確たる根拠もなく断定的に人を排撃するような真似をすべきではないし、刑事弁護を唯一取り扱える専門資格集団を束ねている以上は、その価値観も大事にしなければならないはずであって、唾棄すべき会長声明である。

ましてや、「民主主義に対する重大な攻撃であり、断じて許されるべきものではない」と、こうである。事件当日、刑事弁護を唯一取り扱える専門資格集団を束ねている日弁連が、被疑者を「断じて許されない」と排撃しては、被疑者が正当な弁護を受ける権利はどこへ行ってしまうのだろうか。史上全ての会長声明を知っているわけではないが、「史上最低級」と言って良いだろう。

弁護士たるもの、感情に流されることなく、一歩引いたところから事実を丹念に積み上げる弁えを持ち、最終的に明らかになったものを踏まえて事の当否を論じるべきである。そして特に刑事弁護の観点からは、憲法の保障する手続保障に則り、例え世間の全てを敵に回してでも、最善の弁護を尽くす義務がある。それと真逆の会長声明、これは、正しく辞任ものであると言わざるを得ない。今回の会長声明は、刑事被疑者の正当な防御権、証拠に基づく事実に従った処分を受けるべき憲法上の防御権、適切な弁護を受ける権利を踏みにじったものであり、「断じて許されるべきものではない」。

(弁護士 金岡)