表題に惹かれて読んだ「思想は裁けるか」(筑摩書房)の主役である海野晋吉が、砂川事件や松川事件の弁護人として活躍された方だということは、不明にして初めて知った。
刑事弁護に関心のある層にも向いた書なので、取り上げる次第である。
表題自体に関しては、戦前の「国家の安寧秩序を乱す記述」にかかる出版法違反(河合事件)等で、読み応えのある応酬が幾つも掲載されている。
石坂修一裁判官が「いくら私の思想が固定的だといっても、圧倒的に強いものに対してはやはり負けるのだから、被告は最善を尽くして・・自分の主張をはっきりするようにできるだけして欲しい」と語りかけたなどという挿話(本書115頁)は、今の時代感覚からすれば出来すぎ感は否めないけれども~砂川事件最高裁大法廷の弁論において、河合事件によりたちどころに左遷されたという等の石坂裁判官が最高裁判事として居たという話になると、事実は小説よりも奇なりというほかない~、なるほど此方もそういう心構えが必要なのかもしれないと考えさせられた。
また、幾つもの冤罪事件が紹介されている。
松川事件が戦後最大の冤罪事件の一つだというのは常識として、かの「紅林」(といってピンとくるのは、冤罪事件史をよく学ばれている方だけかもしれないが)に、二俣事件、幸浦事件に次ぐ第三の冤罪事件(小島事件)があったというのは、ここで初めて知った。裁判所ウェブに所収の小島事件の最高裁判決(1958年6月13日)は、その3分の1が取り調べに受けて拷問を受けたと主張する被告人供述の援用で、なかなか壮観であった。
とまれ、関心に応じて色々な読み方が出来るし、色々な発見があるのではないかと思う。
(弁護士 金岡)