事案としては、公務員の退職金不支給処分取消請求訴訟である。
行政段階から「全部不支給は違法であり、部分支給されるべき」というのが、此方の主張であったが、全部不支給となったので取消訴訟に発展した。

問題となったのは訴訟物の価額の算定である。

此方は、
①取消請求が認容されても処分未了状態に戻るだけで退職金は当然には発生しないし、理由を変えての再度の不支給処分も有り得る。
②そもそも全部支給を求めてすらいない。
ことを挙げて、「得られる可能性があるに過ぎない、しかも目指しているのは金額不明の部分的退職金」なので算定不能であると主張した。

これに対し、名古屋地裁は、退職金全部が経済的利益であるとして、印紙の追納付を拒否した此方の訴状を却下した。
そこで即時抗告となった。

即時抗告審(名古屋高決2022年12月12日、土田昭彦裁判長)は、
❶根拠法の分析によれば特に処分を要さず退職金請求権が発生すると認められるから理論上は取消訴訟により退職金全部の請求権が一旦は回復するが、
❷原告に於いて部分支給を主張するに過ぎない事案であり、
❸訴訟物の価額の算定において、当該権利が確定的か期待的かを重視すべきでは無い(最判1960年4月5日)。
❹部分支給額については行政の第一次的審査権を尊重する必要がある。
として、結論に於いて算定不能と判断し、即時抗告を認容した。

双方の見解を比較すると、此方が「取消判決により支給前の状態に戻る以上、それは期待的なものに過ぎない」と解したのに対し、裁判所は、(事例判断として)当該根拠法に於いては確定的に発生するという実体法上の解釈を採用し、出発点では真逆である。
ただ、裁判所も、部分支給のみが問題とされているという実質に着目して、実質的な経済的利益は部分支給どまりと判断したということになる。

行政法理に依拠して考えると、退職金は行政処分を経て初めて確定的に発生するはずであり、理由を変えての再度の不支給処分も有り得る以上、裁判所の「確定的に発生している」という理解には違和感がある。
他方で、もし原告が全部支給を主張していたなら、確かに取消判決の経済的利益は(理論上は理由を変えての再度の不支給処分が有り得るとしても)実質において全部支給に匹敵するものがあると言えるかも知れない。
私の理論を突き詰めると、全部支給を主張する事案でも期待止まりになり、常に算定不能になるが、それはそれで結論の妥当性を損なうと受け止められたのだろう。高裁は高裁で、多様な局面を統一的に妥当に解決すべく、熟考し、原告の求めるものはなにかという根本に立ち返ったのだと思われる。

取消訴訟の訴訟物の価額の算定は、しばしば、この種の悩みに直面するが、本件にあたって若干調査した範囲で、見るべき先例は見当たらなかった。
このことを意外に思い(退職金不支給処分取消訴訟の類例は多数あり、なかにはどうしても部分支給以上にはいかないだろう前提の事案も多い)、参考になるものとして紹介する次第である。

(弁護士 金岡)