前回の本欄で、裁判所が頑なに未決全部算入を拒む理由が、上訴抑制という不当な目的にあるのだろうかという趣旨を書いた。

そこでふと思い出したのは、大阪の弁護士から頂いた未決全部算入の主張書面である。
経過を記すと、とある(刑事事件をやらない)弁護士から「何故、全部算入では無いのか」という至極尤もな質問を頂き、返答に窮したため、反省して、裁判所がどのような判断理由を示しているのか、刑事実務最前線の資料を探し求めたという訳だ。

さて、その最前線の主張は、未決拘禁された被疑者被告人のうち、無罪判決を受ければ刑事補償の権利が保障されているのに対し、有罪判決を受ければ部分算入以下の扱いを受けること(具体的には刑法21条)が、憲法14条に反しないかというものであった。
そして、身体拘束の人権侵害性に着目し、比例原則をも援用して、上記差別性を慎重に検討すべきとした上で、刑法21条の立法目的(被告人の責めに帰すべき未決勾留については本刑に算入せず負担させることで公平の維持を図る)の合理性を検討し、等しく未決勾留要件を満たした、無罪判決を受けた者と有罪判決を受けた者とで、差異を設けること自体が不合理である、また、「責めに帰すべき未決勾留」などという考え方自体が不健全であると説く。あわせて、(前回の本欄のような)「未決で60日くらい損する、と説明して控訴断念の片棒を担がされるような」事態も批判的に援用する。

これに対し、大阪高判2023年2月1日は、「しかしながら、刑事補償とは、刑事訴訟手続の必要上被疑者・被告人の身柄を拘束することは国家の正当な行為であって、その者が無罪の裁判を受けたとしても直ちにこれが違法であるということにはならないが、結果として理由のない身柄拘束であったことを考慮して、配分的正義の観点から、 国家の負担においてこれを補填しようとする制度であると解され、無罪の推定を受けているにもかかわらず身柄を拘束されたことに対する補償ではない。有罪の裁判を受けた者については同様の観点から補償が相当であるとはいえないから、その者に対して異なる扱いをすることは憲法14条1項に反するものではなく、弁護人指摘のその他の法条に違反するものでもない。弁護人の主張は採用できない。」としている。

以上のような論争をみると、議論が刑事補償制度の理解というあらぬ方向へ流れており、勿体ない(肩すかしを食らっている)と感じると共に、上訴抑制問題については触れられもしていない点に裁判所の狡さも感じざるを得ない。

個人的には、「責めに帰すべき未決勾留」などという考え方自体の不健全性や、上訴抑制問題を主要な問題点として、憲法14条は抜きに直接的な人権侵害性を以て論じる方が説得力が出るように思う。

とはいえ、貴重な実践であることは間違いない。
裁判を受ける権利を保障すると言いながら、「負けたら60日は無駄にするけどね」と付け足すことは、それ自体が人権侵害である。「諦めるか、60日は無駄にするか」の選択肢を迫ることは、裁判制度を愚弄し、人の人生を弄んでいる、ということを、弁護人が言い続けなければならないだろう、

(弁護士 金岡)