【1】
裁判官の補充尋問に、煮え湯を飲まされたというか、腹立たしい思いをしたという経験をお持ちの弁護士は多かろうと思う。
その最たるは、心証に沿った証言を集めるべく露骨に誘導してくる場合であろう。

そもそも裁判官の補充尋問に異議を出すことはできないと、なんとなく思い込んでいる向きもおられるようであるし、裁判官によっては異議に色をなす人もいる。
もうかれこれ15年くらい前であるが、敬愛すべき(嫌みではない)I裁判官の補充尋問に「誤導」の異議を出したところ、「わざとではないのだから異議は認めない」と語気強く言われたことがある。あれくらいの裁判官ですら、自身への異議に色をなすのだから、推して知るべしというところもあるのかもしれない。

【2】
さて、近時の事案である。本質を損なわない程度に改変すると、「押したら転ける可能性の有無程度」が争点である。

(以下は、記憶による再現である)
裁判官 押し方によっては転けることもあるのではないか?
証人  あんまりそういう経験をしていないのですが・・。
裁判官 力を込めて押したら転けるってことはあると・・
弁護人 異議があります。そもそも証人は押し方によって転けるという経験をしたと述べていないのだから、その証人に「力を込めて押した場合」を聞くことは経験しない事実について証言を求めるものです。

こんなやりとりがあり、裁判官は尋問を撤回した。
裁判官は、少なくとも「押したら転ける可能性がある」という証拠を集めたいのだろう、それ故、尋問規則を破り、証人に「はい」と言わせにかかったのだと見えてしまう。

このあと、裁判官は二の矢を継ぐのに苦労し、「聞きにくくなっちゃった」と冗談めかして発言し、検察官の笑いを誘っていたが、実に不真面目だと思う。仮にも人が亡くなっている事件の法廷でするようなことではないだろう。
それはさておき、我々の異議が、裁判官をして「聞きにくくなった」というのであれば本望である。異議は、良い仕事をした。

【3】
折角なので、もう一つ、蔵出ししておこう。
これは、被告人が居合わせた場所で、偽造書類の存在、内容を認識していたかどうかである。弁護人は、被告人がそこに居合わせたこと自体を争っていた。

(以下は、尋問調書の引用である)
裁判官 じゃあ、その書類の存在を、H被告人が見たんですかね。
弁護人 異議があります。見たかどうかはHさんの経験であって、証人に聞くことではないので、たとえ補充尋問であっても違法です。
裁判官 分かりました。じゃ、Hさんと証人との間で、その書類の内容について会話を交わされましたか。
弁護人 異議があります。それは露骨な誘導です。検察官が立証したいと思つたことを裁判所がフォローして誘導で聞くということについては、その職責上、中立性を害していますし、いずれにせよ,補充尋間であるからといって、誘導尋問が許されるわけではありませんから、不相当かつ違法です。中立性は守っていただきたい。
裁判官 分りました。 さっきの質問については撤回しますので、お答えいただかなくて結構です。

一目瞭然であるが、裁判官は既に、被告人も居合わせた前提で、「H被告人も書類を見たんですか(はい)」という誘導尋問を行っている。
それを咎められると、今度は「その先」の、書類を見た前提での反応を聞き出す始末である(従って、二つ目については誤導の異議も考えられる)。
両方を押さえつけて漸く裁判官も諦めたが・・・結論は言うまでもなく、被告人が居合わせたことが認定されてしまった。

後日談であるが、この事件は、控訴審で被告人が居合わせたことは客観的に無理があるとして破棄差し戻しされている。このことを踏まえれば、あそこで異議を出さないことこそ罪深いことが分かろうものである。

【4】
ともかく、裁判官の補充尋問への異議を遠慮する必要はない、ということである。
場合によっては、その心証丸出しの露骨さを、厳しく指弾するくらいで丁度良い。

(弁護士 金岡)