【はじめに】

これから4回連載の予定で、無罪が確定した名古屋地判2023年10月25日を紹介する。巷では「融資金名目詐欺」という表現で報道されていたりする事案である。

結論から先に述べると、この事件には次の4点で、歴史に残されるべき価値がある。
1.自称被害者ら事件関係者に対しても、漫然と証拠の取捨選択を許すのではなく、スマートフォンデータを提出させるなど客観性のある捜査が欠かせないことが明らかになったこと。
2.自称被害者らの証言後、その偽証を裏付ける客観証拠を入手したにもかかわらず、検察官がこれを隠したまま有罪論告を行ったという不祥事が判明したこと。
3.裁判所が、客観事実に反する証言(意図的な偽証)の信用性を認めた事例であること(しかも関連する民事事件と合わせて裁判所は二度も間違えた)。
4.上記2の不祥事、上記3の不見識について、検察庁や裁判所の自覚、自浄は凡そ期待できそうにも無いこと。

個々の判決が出来不出来がどうというよりも(出来不出来で言えば、有罪判決を破棄した控訴審判決も、無罪とした差戻後第1審判決も、余り出来は宜しくないと思う)、この事件は現代の刑事裁判が抱える病巣の何割かを、論の余地無く正しく浮き彫りにした。歴史に残すべき事件だと考える所以である。

【事案の概要】

連載初回は、事案の概要や審理経過を説明する。

2019年11月18日、A氏が詐欺罪で起訴された。

事案は、要旨「Aは、5月10日、Xに対し融資の仲介を申込み、XはYと相談の上、しかるべき担保が提供されるならば融資に応じることを決定した。Aは、Xに対し、偽造した融資資料を提供し、その後、5月15日午後、AXYの3名が集まった時にYに対し同資料を示す等してYを欺罔し、その場でYの経営する法人からの3000万円の融資を受けた」というものであった。

【審理経過~第1審判決まで】

起訴後、捜査段階の弁護人から応援要請を受けた私が弁護人に加わり保釈に着手。検察官に抗告されるも12月頭に釈放された。釈放されたことで、時間をかけて公判戦略を練ることが出来た(その分、Aの正常な社会復帰は遅れるため、手放しで喜べないとしても、じっくり公判準備が出来ることは当然ながら大きい)。

2020年1月、付整理手続請求を行い、採用された。主眼は、裁判所の制度も利用した証拠開示を迅速かつ強力に推し進める(それにより争点整理が加速する)ためであった。

本報告との関係でなによりも重要なのは、X-Y間のメッセージ送受信履歴のことである。前記の通り、X-Yが相談して担保を条件に融資に応じることにした、その後3人で集まり3000万円の現金受渡をした、という筋書きであるからには、それ相応のメッセージ送受信履歴があるはずであるが、調書に写真での添付すら無かった。
そこでX-Y間の送受信履歴を検察官に開示するよう求めたが「不存在」。
次いで公務所照会を申し立てたところ、採用されたのである。Xが企業に所属しており、公務所照会が利用できた(公私の「団体」)ことは幸いであった。
しかし結局、Xから提出は無く、他に打つ手もないので、メッセージ送受信履歴のないまま尋問に進むこととなった。

ここから、事態は水面下で急展開「していた」。
Xは証言後ほどなく、別件で家宅捜索を受け、Xのスマートフォンも押収、解析されていた。無論、こちらにそのような情報は伝わらない。Xはその後、逮捕されている。
そして、それによれば、YがAへの融資話を知ったのが5月15日、当日の昼頃であり、それまで融資話に一切、関わっておらず、従って、XYが担保を条件に融資に応じるかの相談をしたような筋書きは成立しないことが明らかであった。
この解析結果は、担当検察官にも報告されていた。
しかし、担当検察官は、証拠開示を求めた弁護人にも、公務所照会を採用した裁判所にも、X-Y間の送受信履歴の入手を報告せず、それどころか筋書きの再検討もせず、X-Y間の送受信履歴に客観的に反する論告をそのまま行ったのである。犯罪的というより犯罪そのものである。

2021年8月31日、第1審判決(有罪)。
本報告の主題ではないから割愛するが、集中審理に於いて、XがAから虚偽の融資資料の説明を受けたとする「5月11日」にAのアリバイが成立し、従ってX証言を前提とすると「Aではない誰かがXに虚偽の融資資料の説明をした」ことになるという、顕著に無罪方向の事実を突きつけられながら、なおも検察側の筋書きを丸呑みにした、救いがたい判決であった(西前征志裁判官)。

【控訴審~差し戻し~無罪】

控訴審では、X逮捕を踏まえて証拠開示の梃子入れから始めた。
その結果、名古屋高検からX-Y間の送受信履歴のごく一部が開示され、更に紛糾した結果、全部が開示された。
それを精査すると、XYが同一事実関係について、原審での証言に先立ち別の民事訴訟で(これまた異なる内容の)証言していること(A自身は訴えられておらず当方では感知しなかった)、Xが折に触れてYに偽証の指導をしていたこと、本件融資の原資の証拠の偽造も指導していたことなど、ぞろぞろと明るみに出た。

名古屋高検は、遂に破綻した当初訴因を事実上、諦め、予備的訴因を追加した。

結局、控訴審では主位的訴因について破棄した上、予備的訴因について差し戻し判決がされた(名古屋高判2022年9月13日)。
弁護人は、予備的訴因の追加にも反対したし、差し戻しにも反対したが、控訴審裁判所はXYの再尋問が必要だと判断した、という。戦略的に上告は断念したものの、全く納得のいかない判決であった。

そして差し戻し審では、Xの再尋問のみ行われることとなり、(やはり本報告の主題ではないので割愛するがXの証言予定開示を巡って、のらりくらりと言質を与えまいとする検察官との間で相当に紛糾した挙げ句、)Xの尋問を行い、結審した。検察官はようやく、主位的訴因は成立しないと論告で認めた上で、予備的訴因による有罪を求めた。
2023年10月25日、無罪判決(名古屋地裁刑事第6部合議係、平城裁判長)。

予備的訴因では、5月15日にAXY3人が集まったという筋書きが断念されて集まったのはXYのみとなっていたが(従ってAがYに偽造した融資資料を示すことも出来ない)、差戻後1審判決では、XYが集まったことも否定され、Yがその場で3000万円を取り出したなどという話は雲散霧消の感があった。
もっとも上記は、差戻後第1審判決の中では「余事記載」の部類であろう。差戻後第1審判決は結局の所、弁護人の当初からの主張に回帰し、「Aではない誰かが真犯人の合理的疑いが残る」として、欺罔行為そのものを否定したからである。

(2/4に続く)

(弁護士 金岡)