証拠に基づかず、印象で裁判を行うことは、当然、許されない。
しかし、印象で形成された心証が、こじつけた論理で糊塗された~或いは、そのようなこじつけすらせず、そのまま結論とされた誤判は多い。
本欄でも、そのような手合いは何度となく批判している。
さきほど書き上げた特別抗告も、そのような例に属する一つである。
事案は、類型証拠の裁定請求案件である。
検号証の「LINE履歴一覧」が編集加工されていることから、原データと突合するためにスマートフォンの複製データの開示を求めたところ、「担当警察官が異動時に削除した」というのである。
私物のゴミ片付け宜しく、スマートフォンの複製データを削除していく警察官がいるということ自体が信じられないのであるが、名古屋地裁決定(藤根桃世裁判官)、名古屋高裁決定(杉山慎治裁判長ら)が何れもこれを信用し、かつ、保管要領の確認や反対尋問も不必要としたのだから、二度三度、驚きである。
スマートフォンの複製データの保管に関する保管要領があるのか?は未確認(後述のとおり裁判所が確認を拒否した)であるが、しばしば原データの開示が問題となる重要な客観証拠である以上、現場の捜査担当の裁量で削除が許されるという体制には疑問があり、証拠としての受け入れ記録や、削除における決裁体制が備えられているのではないかと推察される(・・そもそも検察庁に送致せず警察が握りしめていること自体がおかしいのだが、それはさておく)。
仮にそのような体制がないなら、ないで仕方がないが、そのような保管要領があるかどうかを確認することは、異動のついでに削除したという主張の信用性を判断する上で、不可欠であろうと思う。「もしあれば」そして「もし異動のついでに削除できるようなものでないとすれば」、誤判に至る。それがあってはならないことは、誰にでも分かろうものである。
弁護人である私の視座は以上の通りであり、これに、裁判確定まで削除を禁じたデジカメデータの保管要領(本欄2022年4月6日)(なお、情報解析対象の公判中の保管を要請した情報技術の解析に関する規則第2条1項参照)まで援用したが、裁判所は、存否を確認しようとしない(公務所照会を却下された)のである。
また、担当警察官の反対尋問も却下された。
異動のついでに削除したという筋書きは、例えば「確定したかどうか確認したか」「担当検察官に削除の許否を確認したか」などという尋問事項により容易に破綻する可能性があるが、その機会すら付与されないのである。
反対尋問なしに、異動のついでに削除したという主張を鵜呑みにする裁判官に対しては、かのウィグモア氏も草葉の陰で涙していることだろう・・と思う。
いや、ウィグモア氏まで戻らなくとも、私が季刊刑事弁護75号で紹介した名古屋高決2010年12月22日は、写真データ等の廃棄の抗弁を巡り、①写真データは重要な証拠であるから、安易に削除されるようなものではない、②当該事件の具体的状況下では被告人が少なくとも捜査段階で殺意を争っていたのだから尚更である、として、廃棄の抗弁を鵜呑みにすることは許されないとした上で、③捜査機関が不要と考えて廃棄したというならば、その具体的事情や廃棄の具体的な経緯について、慎重な証拠調べを行うべきであるとしており、今回の名古屋地決・名古屋高決は、十数年を経て、退化の極みである。
今回の名古屋地決・名古屋高決は、「時間も経っていることだし、異動のついでに削除することも、まあ分かる」的な印象を持ったのだろう(この事件は、2021年6月に一旦結審後、私が交代して弁護人になった経過がある。削除は2022年3月の異動期にされたという筋書きである。)。
そのような印象を持つなとは言わないが(但し、苟も裁判官として、そのような印象を持つことは、~警察の証拠管理などその程度だという深い洞察力に基づくなら褒めるべきかもしれないが~資質において甚だ欠如しているというのが私の意見である)、仮にそのような印象を持ったとしても、それが間違いなく正しいかどうか、証拠に基づき検証するのが裁判官の職務であろう。
保管要領がどうなっているのか。担当警察官がもう要らないと判断するに至った、情報入手等を含めた具体的な経緯の確認。そういう作業を経て、印象を、証拠に基づく心証に洗練させていくなら分かるが、それをせず、自分の印象は正しいのだから従え、的な裁判をやられてはどうしようもない。
証拠裁判主義ならぬ、印象裁判主義の愚物である。
(弁護士 金岡)