前回に引き続き山田論文の検討を行う。

(具体的検討その4)
【指摘④】公判前整理手続の長期化問題について、名古屋地裁特有の問題として・・早期の弁護方針の明示に消極的で、弁護人が類型証拠開示を全て終え、開示を受けた証拠全部の検討が終わるまでは、暫定的なものも含め、予定主張を明示をせず、弁護方針もいわないなどというスタンスに固執する弁護人がかなり存在していた。
(中には、被告人や共犯者の録音録画を被告人に見せないと主張明示しないとまで述べる弁護人までもがいた)
さらに、専門的知見が必要な事件については、専門家の意見を聴取してからでないと、予定主張明示や証拠意見の提出もできないという弁護人も多い。

1.第1段落
前回、指摘①に対して述べたとおり、原則的に、攻撃防御方法が明確に固定される前の段階、或いは公判に顕出され得る全事情を把握する前の段階で、予定主張を提出する余地はないのが論理的帰結である(従って、この原則を解除するには、より多く利益が得られる場合に限られる)。
「弁護人が類型証拠開示を全て終え、開示を受けた証拠全部の検討が終わるまで」予定主張を明示しないというのは当然であり、類型証拠開示を終える前、あるいは開示を受けた証拠が未検討のまま、予定主張を出すことは不可である。
山田論文は「暫定的なもの」であれば出せるのではないかと言いたげである。そのような訴訟指揮を目にすることも往時はあった。しかし、「暫定的なもの」を出したところで、その後に変更される可能性が高いなら、その上に整理手続を積み上げるのは無謀(手続法は手続の積み重ねであることを理由に、条件付き訴訟行為を否定するなどの共通理解がある)であり、無意味どころか手続を錯雑化させる(更に「予定主張の変遷」を足がかりに弾劾を試みる検察官、それを制止しない裁判官にあたっては目も当てられないことになる)。「暫定的なもの」を提出することは、不必要不相当であることを知るべきである。

2.第2段落
「被告人や共犯者の録音録画を被告人に見せないと主張明示しない」ことは、「とまで」と強い調子で批判されている。
しかし、例えば山田裁判官御自身が、共犯事件で逮捕勾留・起訴され、共犯者の調書をみて「罪をかぶせられている」と仰天した場合、どうだろうか。調書が取調官の作文で、実際の録録では共犯者が相当抵抗していた痕跡があるかも知れない。その検討を、さしあたり弁護人に委ねたとして、「まあ大体、普通だったよ」とか言われて、納得できるだろうか。少なくとも、自分でしっかり検討したいという層がいてもおかしくないだろう。
弁護人は専門家の目から隈無く検討するが、そうはいっても沢山ある事件の一つであり、自分の人生がかかった一つの事件に取り組む依頼者の熱心さには及ばないだろう。依頼者が自ら検討する権利は当然であり、その検討が尽きるまで、基本方針(上記の場合であれば、共犯者の意図的な虚偽供述を防御対象とするのか、調書化されていない生の供述を活かす方向で方針を組み立てるのか)が立つことは無い。基本方針が立たない時点で、予定主張を出せないのは蓋し当然である。
被告人が、人生のかかった防御を尽くす権利があるという刑事裁判の基本が分かっていれば、このような無理解を晒すことはなかろう。このような無理解の露呈は、山田裁判官の三十数年間の裁判が、実は被告人の防御権を軽んじた上に積み上げられていたのではないかとすら疑わせるものである。

3.第3段落
専門的知見が必要な事件については、専門家の意見を聴取してからでないと、予定主張明示や証拠意見の提出もできない、というのは、余りに当然である。
検察官請求証拠である精神鑑定や交通工学鑑定について、争うのか「乗る」のか、それは、専門家の意見を踏まえなければ決定しかねる。
「被告人は事件の筋書きを決定できるのではないか」、これも往時は時に見受けられた指摘であるが、弁護人は、全証拠関係に基づき、あるべき合理的疑いを独自に指摘しなければならない立場であるので、全く当たっていない。極端な話、本人が認めると言っても、証拠が足りていなければ合理的疑いありと指摘しなければならないからである。
もし山田論文の指摘が、専門家を訪ねて証明力を吟味しなくとも結論は被告人が持っているのではないかという含意であるなら、利益原則や、弁護人が独自に争点形成することをも期待されている、ということを理解していないものである。

(具体的検討その5)
【指摘⑤】(公判前整理手続の長期化要因として)名古屋の特質の1つともいえる弁護方針明示の遅れに関する名古屋の実情について、❶(指摘④と同じなので割愛)、❷弁護人が全部不同意意見を述べるなどの硬直的な弁護方針を示した事案、❸弁護人において追起訴が終わるまで弁護方針を明示しなかった事案、❹(被告人属性の問題なので略)、❺弁護人から提出された予定主張記載書面の内容が希薄で、争点や証拠の整理に資するところが少なかったために、その後の手続が遅延した事案がある。

1.❷について
不同意意見は、要するに反対尋問権を放棄しないという意味合いであるが、憲法上の権利を放棄する局面であるから夙に慎重さが求められる。平たく言えば、同意する理由がなければ不同意とするのが原則である。勿論、同意する理由には、有利に援用したい場合のみならず、不利でも前提にせざるを得ない場合もあるが、それすらも弁護方針全体の中で決定されることであるから、例えば「弾劾の目処は立たないが、自滅する方に賭けて」不同意というのも一つの方法論である(事実、法廷で証言を聞いて、反対尋問するまでも無いくらい後退するということは珍しくも無い)。要は、供述証拠には様々な誤りが混入しうるのであるから、具体的見通しが立たなくとも内容を前提に出来ないという一点での不同意も有り得る。
結局、全部不同意意見が、一律おかしい、硬直的だということにはならない。原則が不同意から始まるという理解が裁判所側にどれほど浸透しているかは分からないが、硬直的だという批判は浅はかに映る。

2.❸について
追起訴が終わる前に、類型証拠開示等の所要の防御活動が尽きていることは先ずありそうにも無いので、原理的に、追起訴が終わる前に予定主張を出すべき局面が到来していることはありそうにもない、というのが一点あるが、その点はおいても、関連事件や関連証拠の全体像を把握する前に弁護方針が確立することは有り得ないのだから、追起訴完了前に予定主張を出すことなど、あってはならない。
山田論文の指摘が、関連事件の追起訴を念頭に置いたものか、全く関係の無い別件の追起訴を念頭においたものかは分かりかねるが、どちらであれ、追起訴分の事実関係や証拠開示が先であることは動かない。
追起訴が終わるまで弁護方針を出さないことを批判する方がどうかしている。

3.❺について
「弁護人から提出された予定主張記載書面の内容が希薄で、争点や証拠の整理に資するところが少なかった」という指摘は抽象的なので、直ちに何とも論評しがたいところではあるが、少なくとも指摘されるべきは、弁護人にとっての争点整理、証拠整理は、「争点の絞り込み」「争いがない事実を増やしていく」ようなものではない、ということである。
繰り返し指摘しているとおり、攻撃防御方法を確定し、防御方針が確立すること、それが弁護人にとっての全てであり、そこに至れば必要十分である。従って(いつぞや一審強で発言したことがあるが)「公訴事実は争う」という予定主張でも、成立するときは成立する。そして検察官は「公訴事実を全部立証しなければならない」という、当たり前と言えば当たり前のことを要求されるだけだから、文句を付けられる筋合いでは無い。
「争点の絞り込み」「争いがない事実を増やしていく」ことが、攻撃防御方法を確定し、防御方針が確立する上で有用ならばそうすればよいし、有用で無いならそうする必要も無い。山田論文の前記指摘が、争点の絞り込みや争いのない事実を増やすことに消極的な弁護批判であるなら、これまた、全部不同意意見批判と同様に浅はかである。

(具体的検討その6)
【指摘⑥】名古屋地裁では、長期化するような事案で、弁護人から争点及び証拠の整理に必要かつ十分な主張が出てきたことは余り多くないのが実情であった。
・・特に弁護人において納期意識が低い上に(時間を度外視して自分が納得行くまで検討し書面を作成したいというマインドが強いように感じている)、迅速に裁判を行おうという意思が低く・・。

第1段落が指摘として失当であることは既に述べている。
第2段落は、更に読むからにおかしい指摘である。
「納期意識」が、決められた期限を守らない、ということであれば、それは擁護しない。しかし、山田論文の指摘は「時間を度外視」とあるので、迅速な裁判より、時間をふんだんにかけてでも納得行く弁護方針の確立を優先させる姿勢を批判しているものであろう。
その前提であるが、「検討不十分なまま拙速に進める弁護人」と「時間はかかっても万全の準備を行う弁護人」のどちらが正しいだろうか。・・裁判所に分かりやすく言えば、「検討不十分なままいい加減な判決を下す裁判官」と「時間はかかっても隅々まで目配りした判決を下す裁判官」のどちらが正しいだろうか。
私が被告人であれば、どちらか選べというなら、速度重視でいい加減な判決を書く裁判官はお断りだし、速度重視で準備不足の弁護人もお断りだが、山田裁判官にとっては、どうやら、いい加減な裁判官、弁護人の方が歓迎すべきと言うことなのだろう。
・・全く理解ができない。被告人が、人生のかかった防御を尽くす権利があるという刑事裁判の基本が分かっていれば、納期意識なるものを持ち出し、納得行くまで検討を行おうとする弁護人を批判するような不見識をさらけ出すことも無かろうに、と感じる。

(終わりに)
以上、駆け足で検討してみた。
犯人性を争う重大事件で、ものの9か月で準備を終えろとか(指摘②)、証拠請求を積極的に進めて開示証拠を全部検討する前に予定主張を出せとか(指摘③)、依頼者がじっくり証拠を検討する前に予定主張を出せとか(指摘④)、専門家の意見を得る前に予定主張を出せとか(指摘⑤)、誰がどう聞いても理解に苦しむような指摘に、得るものは全くなかったと言い切れる。
この甚だ誤った理解の上に、整理手続長期化に対する処方箋を示されても、しょせん正しいものになるはずは無い。

私の中で、整理手続が長期化していると感じる時がない、というわけではない。いや寧ろ、整理手続に時間がかかりすぎるとうんざりすること屡々である。
それへの処方箋は3つある。

第一に、全面証拠開示である。類型証拠開示という、まだるっこしい無駄な作業が、半年一年と時間を浪費する。あるかないか、回答を引き出すだけで数ヶ月以上、空転することとて珍しくない。未送致記録を含めて、捜査機関が得たあらゆる情報を、継続的機械的に記録に残し(つまり「かつて存在したことに争いの無い情報」が本当に削除されたかどうかという不毛な論争に時間を費やさせるようなことをなくし)、自動的に弁護人に開示すれば、大幅短縮が可能なことは請け合いであるし、開示されるべき証拠が開示されることに弊害も無かろう。
第二に、刑事施設における打合せ環境の改善である。被告人側に、パソコン等の整理や備忘に有用な道具を使えるようにする、ブルーレイ等の再生環境を整える、弁護人とのメール通信を可能にするといった、現代社会において当たり前の打合せ環境を用意するだけで、随分と円滑に進むようになるだろう。石器時代宜しく、ペンと付箋、文通、動画はアクリル板越し・・ということをやらされていては、遅々として進まないのも当然である。
第三に、弁護人により強力な証拠蒐集手段を与えることである。検察官からの開示以外では、弁護士会照会や公務所照会など、断られるとどうしようも無くなる収集手段しか無い(私の経験上、この5年で弁護人の求めに応じ令状が出たことが4回はあるが、おそらく、最も多い方の部類であろう)。集まるべきものを集める手段に乏しいことが、長期化原因となっている。
以上について、弁護士側に異論は見ないと思う。

山田論文における批判の方向性、処方箋が、全く違うことに驚かされる。それはとりもなおさず、前回1/2冒頭で指摘したとおり、(名古屋の地域性どうこうの問題では無く)刑事弁護のことをなにも理解されていないことの表れである。先の「共犯者の録録」の件を例に取れば、「そんな打合せが本当にいるのか」に疑問を持つのではなく、アクリル板越しに弁護人に見せて貰わなければ必要な検討が出来ない環境にこそ、疑問を持つべきである。本当に現場を知らないなぁと言う溜息しか出ない。

(2/2・完)