前回の事例報告(「ここまでダメな保釈騒動」)は我ながら後ろ向きだったので、今度は前向きになれる事例報告を一つ。

【1】事案の説明

本欄本年6月8日「拘置所から外部医療機関に通院できるか~名古屋拘置所の非人道的運用基準~」において取り上げた事件とは別の事件であるが、同じく、拘置所からの外部通院が認められないことを保釈すべき事由の一つに掲げていた事案である。

本欄本年5月18日で不当にも逆転不許可にされたことを報告した事案でもあり、再掲すると、
1月 受訴裁判所(単独)保釈却下
2月 同
3月 受訴裁判所(単独)保釈許可 ⇒ 抗告審で逆転却下(特別抗告棄却)
5月 受訴裁判所(裁定合議)保釈却下
という流れである。もともとは自己使用の否認事件から出発して、割と早期に保釈されていたが、保釈中に別事件を起こして起訴され、そのため、逃亡を疑うべき相当の理由を高度と評価され、保釈が難航していた。この3月には、腰椎椎間板ヘルニアの痛みが酷くなっており、警察留置時代は通院させて貰えていたのに名古屋拘置所に移ってからは通院させて貰えなくなるという憂慮すべき事態を受け、通院の必要上からも保釈が一旦許可されたが名古屋高裁に覆され、その後、合議体になって不許可が続いたという流れである。

【2】拘置所の無責任体質

6月の保釈請求では、拘置所の上記医療実態を強調して、痛み止めだけで放置されている事態を打開するには保釈しかないと主張したが、なんと拘置所側は(検察を通じて)被告人から治療を要請された事実がないという虚偽主張を展開。
やむなく、正規に、被収容者処遇法に基づく外部通院許可を代理人として申し入れたのだが、完全に無視され(驚くべきことに、今回の保釈請求の審理過程で、拘置所が無視した理由は「回答すべき法的根拠が見当たらなかったため」と主張していることが判明した)、被告人からも「願箋」で外部医療通院願いを出すも謝絶された。

以上を受けて、ある意味では満を持して、最早拘置所の医療に委ねられる段階は過ぎたことを主張し、脳神経内科専門医の意見書も沿えて(拘置所の方針では改善見込みはゼロという、かなり強い調子で批判される診断結果であった)、医療に関する自己決定権を全うする上でも保釈しかないことを強調した(同時に勾留執行停止も申立はしたが)。

参考までに申立理由の一部の要旨を紹介する。
「名古屋拘置所は、ことごとく上記患者の権利を制限していることが明らかである。第一に、神経根ブロック注射を、被告人の意に反して中断している。第二に、被告人が前医の治療を継続したいとしているのに、これを不許可としている。第三に、被告人が手術選択のため、専門医と相談したいとしてセカンドオピニオン(名古屋拘置所が「ファーストオピニオン」と言えるだけの専門性を持ち合わせないことは明らかであるが)を得たいとしても、これを不許可としている。第四に、以上の結果、被告人は、望まないのに痛み止めによる保存的治療のみを強いられており、医療上の自己決定権を侵害されている。」

【3】地裁決定

請求審は、7月11日保釈請求に対し、検察側が拘置所に照会をかけるのに拘置所側から捜査関係事項照会でないと回答しないと対応されている事情を考慮し、検察の意見を7月19日まで待った上で、同日、保釈を許可した。
検察が抗告したため、原裁判所意見の形で、原裁判所の判断理由が分かる。

本稿の主題との関係で、医療問題に関する説示部分を全文援用する(名古屋地裁刑事第6部合議係の決定)。

「(2)被告人については、腰椎椎間板ヘルニアにり患していると認められるところ、弁護人が提出するW医師の意見書(以下「本件意見書」と いう。)によれば、被告人の腰椎椎間板ヘルニアについては進行性のものであることがうかがわれ、内服薬の増量によっても疼痛が緩和できていない可能性は否定できず、被告人が警察での留置段階では神経根ブロック注射の処方を受けていたことをも併せれば、除痛のために同注射を受けたいとすることは不合理なものではない。そして、被告人の現在の正確な病状は不明であるが、本件意見書によれば、本件事件に及んだ後も病状が悪化している可能性は否定できず、本件事件当時の病状の程度にかかわらず、現在の正確な病状を把握し、その症状に応じた必要な治療を受けたいと考えることは理解できるものであり、保釈を認めるべき正当な理由として考慮できるものである。 この点、検察官は、名古屋拘置所において内服薬を増量するなどの対応を行っているとするが、その内容に照らして、上記の考慮を否定するものではない。」

【4】感想

上記説示は、私の読み方としては、仮に拘置所の医療がそれ自体、不当でないとしても、だからといって被告人が自己決定権に基づき、他の治療方針選択やそのための受診を行うことが否定されるものではないという趣旨を言うものである。患者の権利に関するWMAリスボン宣言や、カルテ開示事件における宇賀補足意見などを踏まえても、未決拘禁者であるの一事をもって上記の権利が否定されるはずはなく、拘置所がこれを侵害するなら、収容した責任者である裁判所がこれを保障しなければならないとの視座は重要である。

さて、保釈事件においても、疎明資料を充実させ、裁判所を説得するのが弁護人の仕事であることは言うまでもない。
とはいえ、前医の記録を集め、拘置所の医療記録を集め(処遇部門としての記録は23条、カルテは情報公開請求と、非常に手間暇がかかる)、脳神経内科専門医を起用して打合せを行い意見書の内容を事案に即したものに監修し、それらを総合して起案し・・(ついでに、拘置所が、医療の要請を受けていないなどと虚偽主張を並べるので、それを封じるために正規の申し入れをしたり、それすら無視されたので逃げ口をふさぐために被告人からも申し入れを行い)、とまあ、ここまで手厚くしなければならないのかとは思う。

それでも、裁判所が理解を示したのだから、報われたし、今後に活きるだろう。
(なお、検察官抗告棄却決定は未受領のため、現時点で内容紹介は出来ない)

教訓じみたことを言うなら、3月の時点で、ここまでやれれば良かったのかも知れない。結果論として言えば、当時は、医療の必要性の疎明度合いが甘かったのだろう。文字通り数ヶ月をかけ、医療記録を徹底的に集め直し、専門医まで起用する、保釈事件の疎明をこの水準で展開したことはついぞ記憶にないが、自分としても今後に活かしたい。

(弁護士 金岡)