我ながら奇妙な題名ではある。
勾留質問手続には勾留裁判に対する司法的抑制が期待されており、機能しなくて良いはずはないからである。

さて、福岡県弁護士会が、勾留質問手続の改善等を求める決議を公開している。
正確には「刑事身体拘束手続に関する裁判所の運用改善を求める決議」(2024年5月27日付け)であり、同会ウェブサイトで読むことが出来る。
https://www.fben.jp/suggest/archives/2024/05/post_448.html

内容は、主に勾留質問手続の改善に向けられており、特に、各裁判官に向けては「勾留理由に関する具体的な質問をするなどして実質的な勾留質問を行い、これを適切に勾留質問調書に記載する運用とすること」を促し、関連して最高裁に対しても「勾留質問に際しては、被疑事実に関する陳述の聴取に留まらず、必要な範囲で勾留理由の有無を判断するのに必要な事情を聴取すべきであることを各裁判所に通達又は通知すること」を促しているところが目を惹く。

勾留質問手続が有名無実化している(機能不全)、という現状認識は正しいと言えるだろう。在宅の勾留質問手続に立ち会った経験以外は、依頼者を介しての情報でしかないが、要するに「被疑事実について検察官の述べた通りか」以上の質問はない、但し、釈放方向の心証の場合は、取り調べへの出頭や逃亡しないことについて誓約書を書かされる、というのが実務の全てである、というのが大方の認識であろう。なるほど機能不全である。

この点、令状実務詳解60番には、被疑事実について陳述機会を与える義務がある一方、刑訴法60条1項各号の勾留理由について、陳述機会を与える義務まではないとするのが有力説(かつ判例と整合的)と説明された上で、しかし、勾留理由の判断は慎重にされるべきであるから、裁判官として勾留理由の判断に影響がありそうな事実関係について適切な弁解が行われ得るように配慮することが重要、と書かれている。
原則黙秘を持ち込んで久しく、私が知らないだけの可能性はあるが、そのような勾留質問手続がどこまで行われているのかは、甚だ疑問である。

いずれにせよ問題となるのは、(さしあたり勾留理由に限定して)裁判官が詳細な事情聴取をすべきか、ということになるが、前記決議理由に具体的に列挙されているうちの、「同居者の有無やその扶養の状況」「住居の所有・賃貸の別や居住年数」「勤続歴や就労状況、職場での立場」あたりまでならまだしも、「被害者との面識の有無、住所や連絡先についての認識」「目撃者等の関係者との面識の有無、住所や連絡先についての認識」などまで行くと、かなり事件の具体的中身に関わってくるし、3号事由はともかく2号事由の判断になると事件の具体的中身に亘る事情聴取は不可避であり、現代における「原則黙秘」との折り合いをどう考えるか、というところに行き着く。
そして、勾留裁判資料の閲覧権もなければ、勾留質問における弁護人立会権もない現在において、無防備に供述する危険を冒すことは出来ないから、原則黙秘を解除する理由はなく、そうなると結局、弁護人の対応は対・取り調べと同じことになり(当然のことだが、私の場合、勾留質問手続における立ち居振る舞いとしては原則黙秘を助言している)、裁判所に前記決議のような改善を促しても余り実益はなさそうである。

そもそも論として、勾留裁判前に弁護人が就いているのであれば、前記決議の求めるところは、弁護人が担えば済むのである(その結果、弁護活動が成果を出し、釈放方向の心証になると誓約書の話になるのが現代の到達点であろう)。
弁護人が就いていない事案に限って、捜査機関が提供しない釈放方向の事情を、裁判所が気を回して聞いてくれ、その結果、釈放方向に心証が変わることが絶無とは言えない以上、前記決議に沿った制度改革は、無意味ではなかろうが、余り意味はなさそうである。

結局、勾留裁判資料の閲覧権や勾留質問における弁護人立会権といった、対審構造化、防御権保障が大前提の議論であり、それがないなら、弁護人は手続外でしっかりとした弁護を行い、勾留質問手続は使い道がない、そういう感想を持つ。
憲法の想定するとおりに、勾留質問手続の司法的抑制機能を発揮させたいなら、それに見合った被疑者の防御権の確立が大前提である。勾留裁判資料の閲覧権や勾留質問における弁護人立会権が認められていない現在の刑訴法は、その意味で欠陥品であり、憲法の要請を満たしていない。

(弁護士 金岡)