名古屋高裁2024年8月29日判決である。
団体規制法7条2項に基づく立入調査時の公安調査官の言動に、国賠法上の違法を認めた事例は、おそらくこれが初めてのものであろう。
その意味で画期的であり、評価はこれからであるが、とりあえず報告する。
なお、損害を否定して請求自体は棄却しているが、このことも簡単に触れたい。
(国賠法上の違法を認定した判示部分)
「しかし、田賀調査官の上記発言のうち『採証して』、『採証するから』及び『押収しますからね』という部分(以下『本件発言部分』という。)は、その直前の『おい、公務執行妨害かい、おい。』という発言とあいまって、刑事手続における差押えを想起させるものであり、田賀調査官にはそのような差押えの権限がないのであるから、田賀調査官の職務権限の範囲を明らかに逸脱し、控訴人の意思を不当に抑圧する危険性を有する不適切な発言で、社会的にも不相当なものである。そして、職務権限の範囲については、田賀調査官は、その立場上、十分に認識していたと認められる。そうすると、田賀調査官の本件発言部分は、田賀調査官が本件立入調査を行うに際して尽くすべき職務上の注意義務に違反するものであり、国家賠償法1条1項の適用上、違法性を帯びる」
公安調査官は、犯罪捜査権限を持たないにも関わらず、口々に「採証」「採証」と言い、被調査者を威圧して屈服させようとする。私は縁あって、被調査者の施設で立入調査に数度、立ち会った経験を有するが、その手法は俗に言う「ヤクザまがい」である。
とりわけ上記で名指しされている田賀行記調査官は、他の立入調査時においても、以下のような言動を行っている。
(A施設)「公妨かな。公妨!?」「採証入っていいよ。公妨かもしれない。採証。採証して」「触られたね。触られたね。はい。公妨で採証はいるよ。採証はいるよ。」「採証入って、全体を映して。被害者と一緒に映して。はい。」
(B施設)「んー?採証入ろうか?これ、ぶつかってきてるからね!」「ちょっと行きましょうか?行くとこ!ねえ?そういう、態度とるんだったら。ねえ!行くとこ行かないとだめでしょう!」「行くとこ、出ましょうか!?」
このように、恰も犯罪捜査であるかに「採証」「採証」と言い、被調査者を抑圧することが、高裁判決によって断罪されたことは、法の支配を取り戻す上で非常に価値があると考える。
(損害を否定した判示部分)
「本件発言部分の後にも、特に動揺したそぶりなどを見せることなく本件立入検査時の様子を引き続いてビデオカメラで撮影していることが認められるのであって、結果的には、控訴人が、田賀調査官の本件発言部分によって、強い恐怖心を抱き、金銭賠償によって償わなければならないほどの精神的苦痛を受けたとまでは、直ちに認めがたく」
先に引用したような、意思を不当に抑圧する危険かつ違法な言動を受けた被調査者に、慰謝されるべき損害がないというのは、かなり分かりづらい(おまけに本訴では、国側は被調査者への陳述書に対する反対尋問権を放棄していたから尚更である)。
しかし、考えてみれば国賠訴訟の歴史の中では時折、みられる現象ではある。
かの名古屋高裁イラク派兵訴訟違憲判決は、理由中の判断で違憲としながら請求自体は棄却している。本件もそういう手法なのかもしれない。
また、いわゆる接見系国賠において、留置管理の違法を認定したことで原告は十分に慰謝されたと言えるから金銭賠償までは命じないことを理由中で述べた判決もあったと記憶している。本件に、そういう発想が加味されている可能性もある。
個人的には、賠償を命じ、国側に上訴させて然るべき判例法理を形成するところまで進んで欲しかったが、これもまた一つと言うところなのかも知れない。
(弁護士 金岡)