「裁判官が交代しましたので弁論を更新します、双方、従前通りで宜しいですね」「はい」みたいな遣り取りは、それこそ全国で日々行われているだろう。
弁論更新手続は形骸化しているし、そのことに疑問を持たない弁護人の方が寧ろ普通だろうと思う。かくいう私も、そこまで弁論更新に拘りを持って生きてきた訳ではない。
最近、弁論更新手続を活用した事例が2つあるので、まずはそれを紹介しよう。
どちらも交代して弁護人に就いた案件である。
1つは、同意済みの一部の証拠について違法収集証拠排除を申し立てていたが、それを排除しても有罪は動かないという場合に、検察官は撤回を拒んでいたが、裁判所から審理の負担を減らすために撤回を強く勧められた結果、弁論更新に際して証拠排除するということになったものである。
もう1つは、採用済みの被告人の供述調書について、かなり深刻な任意性の問題が浮上したため、相当調査を経て大々的に争う構えであったところ、検察の方からもう立証に使わないという意見表明があり、前同様、弁論更新に際して証拠排除された。
近時の経験を踏まえると、弁論更新時に、「尋問調書を朗読し直す」みたいなことは余り有意義では無いと思うが(但し、重要証人であれば、裁判官に一度、強制的にじっくり読ませる機会を設けて損はなかろう)、不適当な証拠構造を糺すには使い勝手のある手続ではないかと思うところである。
周知の通り、訴訟手続は積み重ねであるため、安易に従前の審理の一部を排除すると言うことは認められていないが、他方、弁論を更新し、新たな裁判官が再度、心証形成を開始する段階であれば、そのような訴訟手続の積み重ねの一部を排除して、より適切な証拠関係の下に心証形成作業を開始してもらっても弊害は乏しかろう。
弁護人が交代して、軌道修正を図らなければならないような事案で、弁論更新の機を捉え、「これは排除すべきではないか」「今なら排除しても手続上の問題は無い」と指摘して、議論を行うことには意味がありそうであり、弁論更新手続に期待される機能と言って良いと思われる。
なお、これに似て非なる問題として、差戻し審における従前の審理結果の引継ぎの問題もある。刑事の差戻し審は何度か経験したが、例えば控訴審の差戻し判決で「この証拠は証明力が無く、この証拠に基づく原判決の事実認定は事実誤認である」として差し戻されたような場合、さて、当該証拠を取り調べたことにするかは悩ましい。
証明力のない証拠など、調べないに越したことはないが、かたや、それを排除してしまうと差戻し判決を正しく読むことが出来なくなる、という事態になりかねない。
差戻し判決の拘束力を十分に発揮させる上では、排斥された証拠も迂闊に排除できない、というところであろうか。
そうそう経験できない局面であり、経験知の共有がしづらいことが歯がゆいものである。
(弁護士 金岡)