先日、告知したとおり、2週間ほど前に無罪判決を得、このほど確定した。
社会的に注目を集めるような事案では全くないが、割と興味深い問題が複数含まれているので取り上げる価値があるように思われる。
3回に分けて解説する。

・・という気分の良い準備をしている最中に、昨日あった判決が最悪だったことも付け足しておこう。
機会があれば取り上げたいが、「仮説」と「立証」の区別が付いていない裁判体による、曖昧な事実関係は全て「色々あるから弁護人の主張するとおりとは限らない」手法が延々と使い回され、「利益原則?なにそれ状態」のゴミとしか言いようのない判決だった。

【1】事案の概要
閑話休題。本件は、報道によると、次のように整理されている(一部省略)。
「名古屋地裁は、覚醒剤取締法違反罪について「覚醒剤成分の含有を認識せずに薬剤を服用した合理的な疑いが排斥できない」として、無罪を言い渡した。」「被告側は勃起不全(ED)治療薬として錠剤を服用したことに由来する疑いがあるとして無罪を主張していた。」

まあ、こんな感じである。
被告人は捜査段階において自己使用を認めていたが、起訴後、否認に転じ、心当たりとしては、他者から入手した勃起不全治療薬と思しき、「タダラフィル」というボトルに入った「C100」という錠剤ではないかと思う、と主張していた。
私に依頼があったのは(後に記録から判明したところでは)否認に転じて2週間くらい後のことであった。

【2】鑑定経過、鑑定結果
被告人は、C100を性交渉時に備えて分散させて所持しており、あちらこちらに何粒かずつ、残されていた。その中には被告人の求めに応じて警察が押収していったものもあれば、私の方で探して貰い、入手出来たものもあった。

そして、此方側で発見したものを大学機関に持ち込んで鑑定をお願いしたところ、覚醒剤成分ありという鑑定結果(簡易試薬による)が出た。(人生で、意図せず覚醒剤を持ち歩く羽目になったのはこれで二度目である)

他方、証拠開示によれば、捜査機関側の鑑定では覚醒剤成分なしという結果であった。

この件は、最終的に検察官から本鑑定請求が行われ、捜査機関側で「なし」判定となったものも含めた精密な鑑定が行われたのであるが、結果的に間違っていたのは捜査機関側の鑑定で、全てから、区々の量の覚醒剤成分と、おまけに区々の量・種類の勃起不全治療薬成分が検出された。

補足すると、「C100」は、(+「タダラフィル」などで)検察すると分かるが、国内に流通する正規品シアリス「C5、C10、C20」を模したもので、数字は有効成分量だが、「100ミリグラム錠」は国内流通しておらず、怪しげな模造品である。
鑑定の結果、見た目は全く同じ錠剤なのに、ボトルと同じくシアリスの有効成分タダラフィルが出てきたものもあれば、バイアグラの主成分シルデナフィルが出てきたものもあり、覚醒剤成分量もばらばら。この種の模造品は製薬会社のようなきちんとした製造工程を経ていないから区々なのかもしれないし、不衛生で「コンタミ上等」と言わんばかりの製造工程なのかもしれないが、とにかく、似てはいるが思ってもいない物質が出てきても不思議でない世界である。
弁護人が、「勃起不全治療薬に覚醒剤」という類いの依頼者の主張をにべもなくはねつけることは、失態に繋がりかねないし、裁判所も、違法薬物の製造過程は「いかにもシアリスですよ」という錠剤からバイアグラの方の成分が出てくるような世界だと言うことは、経験則として知っておいた方が良いだろう。

更に1点。
捜査機関の鑑定が失敗した理由は、コーティング部分だけを削って鑑定したからである。コーティング部分だけを削って鑑定するとはなんたる無知か(有効成分含有箇所を敢えて外す如くである)と思うが、それが現代における科学捜査の現状である、ということに驚かされた。
私が持ち込んだ大学機関も、裁判所の本鑑定人も、当然の如く、全体を砕いて攪拌し均質化してから鑑定していた。
こういう誤捜査が分かるのも証拠開示ならではである。

【3】争点
1年半に及ぶ審理経過の中で(起訴後1年して裁定合議になった)、検察官は後から後から主張を出したり止めたりという変則的な経過を辿ったが、結局は、(1)自白は信用出来、変遷後の否認主張は信用出来ない、(2)C100は事後的に入手されたものに過ぎない疑いがある、というところに落ち着いた。

他方、(3)C100を服用したときに本罪の故意があったと評価すべき、という主張は出されなかった。
また、(4)被告人の尿中覚醒剤成分濃度が、C100を1~2錠、服用した程度では濃すぎて説明出来ない、という主張も、審理経過で一旦は主張されたものの、論告では消え失せていた。

【4】被告人はC100を服用したか?について
上記(2)のように、結局検察官は、被告人がC100を服用した事実を否定しているような論告ではあった。

この点については、被告人の逮捕直前の被告人のアップルウォッチの通信履歴(証拠開示で入手。識別事項の特定方法に更なる知見を与えるものである。)に、性風俗利用に関する話題が複数、残されていたことから、裁判所は弁護人の主張通り、性風俗利用時に備えてC100を服用していた可能性は否定出来ないとした。

それはともかく、C100を服用したかどうかは、被告人の逮捕直後の尿から、勃起不全治療薬成分が出るか出ないかで簡単に分かりそうなものである。
しかし本件では「尿は5ミリを残して棄てる」という愛知県警独自の犯罪捜査規範を無視した内規に基づく捜査により、尿が廃棄されていたため、それが叶わなかった。
このことは、かつて本欄で取り上げたことがある(以下にURLを掲げる)。このような運用は、近時、開始されたものであり、その理由は「覚醒剤鑑定は凡そ失敗しないから」という非科学的な理由であったことも指摘しておこう(なお、お隣、三重県警扱いの別件では、きちんと尿が残されており、これから本鑑定に進むところである・・科学捜査後進国、愛知住まいの悲哀を感じる)。

(参考)
https://www.kanaoka-law.com/archives/1538

裁判所には是非、上記事実認定に関して、尿を廃棄しておきながら服用事実を争うことは手続的正義の観点から許されないと指弾して欲しかったが、残念ながら判決はそこに立ち入らなかった。服用事実を認定するなら無用の論点であるのは確かだ。

(2/3へ続く)

(弁護士 金岡)