事の次第はこうである。

証人は検察側の専門家証人。
弁護人は、反対尋問で示す可能性のある論文を検察官に事前開示しなければならない(刑訴規則199条の10以下)。
しかし、この事前開示は反対尋問の方向性を推知されかねない。迂闊に早すぎる開示をして、検察官が証人と打合せをして、無理矢理に反論を編み出したりする展開は避けなければならない。
そこで、主尋問終了後、反対尋問開始まで例えば30分の時間を確保して検察官に事前開示を済ませる、ということになるのだが(検察官は、たった30分前では事前開示義務違反だと論難するかもしれないが、取り合う必要はない)、その30分の間に打合せをされてしまうと台無しなので、その30分(厳密には再主尋問機会もあるだろうから尋問終了までということになるが)、検察官は専門家証人と接触すべきではない、という問題提起をした。それが確約されないなら、反対尋問開始直前まで事前開示は出来ませんよ、ということである。

裁判所は、検察官に対して、上記の通り要望したのだが、検察官はかなり拒絶反応を示し、公判当日も「主尋問終了まで回答できない」という頑なな対応。
そして結局、裁判所の要望には沿えない、という対応に出た。
裁判所は、要望に添わないなら、命令を出すと予告して、検察官の説得を試みたが検察官は受け入れを拒否。結局、裁判所は接触禁止命令を出し、検察官の異議も棄却された。

この種の申し合わせ自体は、「紳士協定」としては、さほど特異でもなかろう。
反対尋問の最中や、方針が明示された後に、反対当事者が証人と打合せを行えるということ自体がおかしいからだ。
弁護人としての経験を踏まえれば、検察側において、検察側証人相互の口裏合わせが行われること(警察官証人において特に顕著)、検察官と証人との口裏合わせが行われること(明示的な口裏合わせでなくとも、期待する方向が示唆される等で結果として歪曲され、それが密室であるため発覚しづらく、発覚してすら不問に付される事態がままある)は否定しようもない事実である(※1)。そうである以上、これを禁じることが公正な裁判に資するというものである。
今回のことが特異な点は、検察官が頑なにこれを拒否して、訴訟指揮権に基づく命令にまで発展したことである。反対尋問方針を推知させる資料開示後に証人と打ち合わせすることを「しません」と約束できない検察官が存在する、という実に残念な、「特異」な出来事であった。

美濃加茂市長事件において、控訴審裁判所が検察官に証人テストを禁じたことは知られていようが、今回の訴訟指揮も、その流れに連なるものとして評価して良いだろう。

(※1)本稿執筆中に、自由と正義2025年2月号所収「国際刑事裁判所における証人テスト」(藤本孝之弁護士)を読んだ。証人テストについて、弊害と見るか合理的な準備と見るかで分かれているが、後者の考えも、「リハーサル、コーチングの危険」に対して、第三者を立ち会わせる、録画を実施する等の予防策の必要性を前提としているとのことであり、実に興味深いものであった。完全密室の証人テストが正当化され得ないことは、蓋し当然である。

(弁護士 金岡)