この度、共著で掲記書籍を著したので宣伝を。
刑事事件における訴訟能力との出会いは、おそらく弁護士2年目に遡ろう。中程度精神遅滞がある被告人の建造物侵入案件について第1審が実刑であったところ、控訴審で裁判所の理解に恵まれ(少なくとも裁判長と右陪席は、名張再審開始決定の合議体と同じ顔触れであった)逆転で執行猶予を得た。
第1審やそれまでの弁護人は誰一人として責任能力を争っていなかったが、私は責任能力を争い、それどころか訴訟能力も争うと拳を振り上げた。そこは経験を積まれた裁判長の「問題は十分に分かっている」という、やんわりとした、しかし重い一言で拳を下ろしたのだが(物事を弁える裁判官の発言は、時に重く、そのことは自然に伝わるものだ)、依頼者の抱える問題点を抉り出す着眼点であったと今でも自負する。
この時の経験から趣味に走り、訴訟能力に関する裁判例分析を公表し(時を前後して精神科医の中島直先生も精神科医の立場から分析を公表されていた)、その後も検討を継続していた。その舞台が、季刊刑事弁護誌上の「訴訟能力研究会」であり、それら成果物をひっくるめたのが本書である。過去の資料なども網羅的に収録したので、期せずして、事例研究も踏まえた導入の書となっている。
本を作るのは難しいもので(7割方仕上げるところまでは非常に楽しいが、そこからの3割は、なんというか、得手ではない)、現代人文社と、「リーダーズ」掲載事務所所属の佐藤隆太弁護士抜きには到底、完成しなかったと思う。
なお、名古屋地裁岡﨑支部が訴訟無能力を理由に公訴棄却し、名古屋高裁がこれをひっくり返した注目の案件が現在も最高裁判所で審理中であると聞く。かつて補足意見で示唆された公訴棄却の判断が新たに判例法理となるか、注目である。
(弁護士 金岡)