さて、裁判所の判断である(伊藤寿裁判官)。
弁護人が、明示的に延長理由から除外された捜査項目の実施と、黙秘権侵害・弁護権侵害を指摘したのに対し、裁判所は第一に、全く異なる話題から検討に入った。
1.曰く。被疑事実は平成29年X月Y日の無許可営業であったところ、勾留延長5日目に、送致事実が「平成28年Z月Z日から平成29年X月Y日までの継続的無許可営業」に変更されているという事実がある(裁判所は、この事実については、捜査の密行性の観点から触れすぎは良くないが、看過できない事情として触れざるを得ないと断っている)。
そして、変更後の送致事実は被疑事実の同一性を欠くところ、同一処理や関連性を重視しても原則は事件単位であるから、変更後の送致事実を前提に被疑者調べが実施されている点に問題性があること、いずれにせよ勾留の必要性は変更前の被疑事実を前提に判断されなければならないこと、更に、弁護人が同一性を欠く送致事実により被疑者が追及されている事実を把握していないところ「このような弁護権が十分に行使できない状態で勾留を継続することによる被疑者の不利益は、捜査の必要性の要請を考慮しても、これを軽視することが出来ない。勾留の必要性を減じさせる一事情。」とした。
2.弁護人の指摘1点目については、「勾留期間延長の理由・・に取り上げられなかった事情、ことにそれだけでは勾留の目的とすることが許されない被疑者に対する取調べを、勾留期間延長の裁判で認められた理由と同じように取り扱うことは、身体拘束の判断を司法審査に付して厳格に審査すべきとする理念と相容れない」とした。
同時に「勾留期間延長の裁判の理由として認められたやむを得ない事情・・捜査が未了である場合には被疑者取調べも必要かつ相当な範囲で認められるけれども、勾留期間延長の理由となった事情が消滅して実質上捜査が終了してもなお、被疑者取調べのみを目的として勾留の必要性があるということはできない」とした。
3.弁護人の指摘2点目については、「被疑者の取調状況の録音録画によれば、・・被疑者の供述拒否に対する検察官の言動をみても、・・黙秘権侵害があるとの疑いを払拭することもできない」とした。
4.以上の決定は、幾つかの重要な新しい問題を含み、興味深いものである。以下、思いつくままに評したい。
【1】勾留の必要性は事件単位を原則とする
これは格別、新しい問題ではないが、ややもすると同時処理の便宜(同時処理は、再逮捕再勾留を避けられるという意味では被疑者の利益でもある)や捜査の必要性に流されやすいところ、どこかで線引きを意識する必要がある。
【2】弁護権の実質的行使の困難性を勾留の消極事情とした
弁護側は、しばしば、信頼権破壊や黙秘権侵害などを主張し、勾留からの解放を目指す。その位置付けを理論的に説明することは必ずしも容易ではない(証拠が偏在するため、立証も容易ではない)が、弁護人の知らないところで余罪が持ち込まれて、当然、助言の前提を欠くから実質的な弁護権の行使が困難であることを、勾留の必要性(おそらく広義の勾留の必要性であり、つまり狭義の勾留の相当性を指すものと思われるが)に反映させたことを明言した決定には先例的な価値があろう。
【3】除外された勾留延長理由は勾留継続を正当化しないこと
考えれば当たり前のことであるが、新しい問題であろう。「その1」で、「明示的に延長理由から除外された捜査項目の必要性を主たる理由に勾留状態を維持することは違法である」と定式化してみたが、ほぼ同じことを言っていると思われる(付随的に実施することは一応、許容されるだろうが、それが弛緩してはならない)。
我々が勾留延長に対し手続的に監視すれば、勾留延長理由は具体的詳細になる。まずはここから始めなければならない。勾留延長理由が具体的詳細であってこそ、漫然と捜査の必要性に基づき依頼者の収容が継続されるという事態を阻止できる。
裁判所が客観的に捜査の終了を認定できるとしたことも、当然ではあるが、指摘しておきたい。
【4】録論録画の事実調べ
勾留裁判では事実調べが出来る。問題は、なにをどのように調べているか、はっきり分からないことである。
私自身、身柄裁判の事実認定が録音録画と矛盾する経験をし、その後は、録音録画が存在し、これを調べることに必要性がある事案の場合、積極的に取調べを求めている。本決定は日曜日に審理され決定されているようであるが、このような地道な努力をされる裁判官がおられるということは知らしめるべきである。
(弁護士 金岡)