保守点検等でウェブページの更新が出来ない間にも、色々と出来事があった。
富田林署の件、処分撤回の場合は国が沖縄県に賠償請求を検討している件、自身の身に降りかかったこととしては本年3月の無罪判決を1件、覆されたこと(規範意識が鈍磨しているのは名古屋高裁の方だと、いつもながら毒づかざるを得ない内容だった)等々。
折角なので思いつくままに幾つか、書き留めておきたい。
まずは富田林署の件。
1.件の「ブザー」については、愛知県下の留置施設を飛び回っている身としては、意識したことが無かった。この件が発生するまで、接見室の出入りの都度ブザーが鳴る施設にはついぞ記憶が無い(発生後、鳴り響くようになったので耳が痛い)。
しかし、では留置施設部署との出入りが自由かというと、施錠が徹底されているので、接見室を出ても施設職員に鍵を開けて貰わないと外に出られない。この施錠は、おそらくホテルのような自動施錠方式でほぼ100%、励行されていると感じる。時間帯によっては職員が手薄で、待てど暮らせど外に出られない経験もしたほどである。
とはいえ、「ほぼ100%」の例外はあるもので、過去に2度ほどは、「帰ろうと思えば帰れてしまう」状況に遭遇しているはずである。こちらの方が戸惑ってしまい(接見終了時間もきちんと記録しておいて貰わないと困る)、帰ってしまうほどのことは無かったが。
思うに、職員体制の問題があるので、ブザーの吹鳴は本質的な解決策では無く、自動施錠方式を推し進めて、ガチャンとやれば鍵がかかり、職員の鍵がないと出られないようにする方向を徹底することだろうと思う。
2.あと、この件で、弁護人が一向に表に出てこないことを難詰する論調があった。
終了を告げなかったことについては、(愛知県下では外に出るために告げざるを得ないが)告げる義務が不文律ですらあるとも思われないので、いちいち、弁護人が出てきてどうのこうの言うほどのことではないと思われる。
そこで本題。
接見室で先方から「終了は言わなくてよい(自分で言う)」なる申し向けがあり、これに応じた、という報道されている件についてどうかというと(当の本人が述べたのだろうか)、接見室での遣り取りは、弁護人において秘密にする義務(依頼者側の秘密交通権)があるので、原則的に公にすることが許されていない。例外的に、依頼者側の秘密交通権を侵害してでも公にすることが許される場合があるか?について、詰めた議論が行われているとは寡聞にして知らないが、過去、幾つかの事例で検討してみたことがある。
結論的に、「緊急避難」が成立するような場合、「正当防衛」が成立するような場合その他の弁護人自身が身を守る必要がある場合に限り、依頼者側の秘密交通権を侵害してでも公にすることが許されるものと考えている(この他に、依頼者が死亡している場合も含めうるが、本題と関係が無いので割愛)。
(1)依頼者から、当該事件や余罪について自白を聞かされたとして、弁護人がこれを依頼者の同意なく公にすることが許されないのは、言うまでもないだろう。これ自体、世間の「良識」からすればどうかと思われるのかも知れないが、これなくして刑事弁護は出来ない。
ちなみに、かつて、留置場に薬物を持ち込んでしまった依頼者から相談を受け、自首を勧めたことがある。これとて、依頼者が自首を拒否し、その場で飲み込んでしまい、後日発覚し、「接見室で使ったのでは?」と目撃供述の提供を求められても、依頼者の同意なしに接見の秘密を公にすることは許されまい(こちらに、それを唆しただとか、あらぬ嫌疑がかかった場合は別論)。
(2)依頼者から、将来の犯罪計画を聞かされた場合、その相手に差し迫った危険があるとすれば、緊急避難がいえるだろう。逆に「いずれ出たら報復する」という程度の話だと、無理だと考えられる。
(3)接見内容を用いて我が身のために反論しなければならない、ということはあるだろう。幇助を疑われるような場合、弁護士倫理違反に問われるような場合。厳格に正当防衛と言えなくても、自衛のためなら許されると考えなければ理に合わない。
(4)結局、過去の出来事については、自衛に迫られる場合を除き、依頼者の同意なく接見秘密を明らかにすることは許されない(例え接見秘密が、唯一真相解明の鍵を握るとしても、である)。これからの出来事に対しては、緊急避難の場合が加わる。
3.以上のように考えると、過去の出来事である逃走事件について、弁護人は、仮に何かを知っていても口を開くことは許されない(但し弁護士倫理違反などと攻撃される場合は除く)、ということになる。よしんば行き先について手掛かりとなる情報を接見で掴んでいたとしても、それが差し迫った報復の危険を伴う場合ででも無い限り、やはり口を開くことは出来ない。
なお、勾留権や裁判権という国家の権能は、逃走により現在進行形で害されているのだが、そのようなものに対する緊急避難は観念出来ないので、これを回復するため、という理由は、正当化根拠にならない。
以上のような結論に対しては、逃走者の不当な利益を擁護するのか、という批判があるかも知れないが、それは必要悪とでも言うべき結果論であり、大事なことは、接見の秘密というものを制度的に徹底して保障することである。黙秘権が、時として真犯人を逃す方向に作用するとしても、制度として徹底的に保障されていなければその趣旨が全うされ得ない(冤罪当事者だけに黙秘権を許す、などという議論が本末転倒であることは誰にでも分かろう)のと同じように、個々的に当を得ない事態が生じるとしても、秘密交通権の制度的保障の必要性は揺るがない。
(弁護士 金岡)