獣医師会等が運用しているマイクロチップ制度というものがある。愛犬等に装着して飼い主情報を登録しておくと専用読み取り機から飼い主情報が判明するので、例えば愛犬等が行方不明になった時にも飼い主が判明して無事に保護されるということが期待できる。先日も、愛猫がこのように保護されたという報道がされていた(昨年12月、静岡の猫が名古屋で保護されたと報道)。
首輪や鑑札のように物理的に外せる、壊せるものと異なり、皮膚下に挿入するマイクロチップは半永久的に有効なので、万が一のことを考えると飼い主の利益に資するところは大きく、複数の自治体が補助金を出して装着を推奨していることも頷ける。
昨年の臨時国会に、動物愛護管理法を改正して装着義務化する法案が提出されたとも聞く。法制度化することで権利関係が明確になり、後述のような紛争にも対処しやすくなるとすれば、これを歓迎する飼い主も多かろう。もとより、マイクロチップの本義が愛犬等の福祉にあり、そのためには飼い主の権利保障を手続的に明確化し、売り主側の権利濫用を許さないようにする建て付けが必要である。

さて、本訴は、飼い主側がマイクロチップ名義の変更を請求したものである。
一般化すると、売買契約における明確な取り決めがない前提で、購入後、売り主の名義のままになって変更されない場合に、これを飼い主名義に変更するにはどうすれば良いか、という問題である。
本件で問題となったマイクロチップ制度は、名義変更は売り主が申請するという制度設計であった。逆に言えば、売り主が申請しない限り変更されない。

飼い主側から見た場合、おおまかには、
1.売買契約に付随する売り主側の債務に名義変更を読み込む。
2.売買契約に付随してマイクロチップ制度上の地位が移転すると観念する。
3.正しくない名義が自身の所有権を侵害していると観念する。
といった理論構成が考えられる。
1の債権的構成は、売り主を被告とする。これに対し、2の債権的構成は、制度運用主体を被告としよう。
3は物権的構成である。直接的には制度運用主体を被告とすることが簡明だが、申請しないことが物権侵害であると捉えるなら、売り主を被告としよう。誤って前所有者に戻されかねない状態は、飼い主の所有権を侵害する現実的危険があり、この構成に一番、常識的な分かりやすさを感じる。
不動産や自動車ほどには公的とは言えない登録制度を私人が運用している場合の名義変更問題については、巷間、溢れていそうなものだが、参考になりそうな裁判例もなく、その意味で類を見ない興味深い案件ではあった。裁判所も、早々に付合議にした。

最終的には、(予想が付くことだろうが)和解により終結した。
売り主情報、飼い主変更履歴を併記し、飼い主側に名義を変更する合意である(優劣はなく、全部を載せていると言えば分かりやすい)。
個人であれ業者であれ、売り主にも自覚と責任を促すべく、売り主情報や変更履歴の記載は当然である。飼い主に名義を変更しないことは論外のこととして、売り主にも然るべき責任を残す履歴も加える。この点で先進的な和解条項となったのではなかろうか。
売り主が変更を拒む等、幾つかの条件が重ならなければ起こり得ない訴訟ではあるが、貴重な経験であった。

(弁護士 金岡)