とある裁判員裁判における訴訟指揮について取り上げたい。

問題はこうである(特定性を薄めるために本質に関わらない部分を改変した)。

被害者側は「犯人に待ち伏せされた」と言いたい。
しかし、検察官はそういう論調の証拠は出さなかった。
そのまま整理手続が終わり、証拠調べが終了した。
被害者参加代理人は「甲乙丙の事実によれば、被告人は100分にわたり事件現場で待ち伏せしていたと推測される」と主張した。
しかし、その100分の時間帯、被告人が別の場所に居たことについては、開示証拠中に確たる証拠がある。
そこで弁護人として、「証拠に基づかない主張だ」と異議を出した。
それに対し、被害者参加代理人は、「甲乙丙の事実に基づく意見だ」と反論した。

まず、この問題をどう見るか。
確かに、甲乙丙の事実に基づき待ち伏せが推認されるという主張は、甲乙丙という証拠に基づいているとは言えよう。
しかし、整理手続段階でそういう主張構造にはならず、その100分の時間帯にわたる証拠は取り扱わないことで整理された経過がある(実際、防犯カメラ映像もあるが、その時間帯の部分は省略した編集版が証拠採用されている)。
そうすると、整理手続経過を踏まえれば、今更にそこを蒸し返すのは、証拠に基づかない主張と評価するべきだろう。実際上も、その100分の時間帯、被告人が別の場所に居たことについては、開示証拠中に確たる証拠があり、間違っているのだから、証拠に基づかないことは明らかである。

裁判所は、合議し、甲乙丙の事実に基づき待ち伏せが推認されるという主張は、意見に過ぎないから問題がないとして異議を退けた。唖然とする訴訟指揮であった。
そこで、弁護人の弁論に入る段階で、「明らかに証拠に反する主張をされているので、いまから証拠提出を行う。審理計画が数時間、ずれて、昼休みもなくなるが、仕方ないだろう。」と主張すると、鈴木芳胤裁判長は「弁論で“証拠がない”と言ったら良いでしょう」と仰る。
証拠がないかどうかではなく、間違っているという証拠を出せるのだから、きちんと防御したいと主張すると、またもや合議。
「証拠に基づかない主張を撤回させるなら折れますよ」と述べると、裁判長は被害者参加代理人に対し主張の撤回を求め、これを応諾させた。

こういう訴訟指揮は、典型的な「尻腰が立たない」訴訟指揮だと言えよう。
被害者参加代理人の甲乙丙の事実に基づく主張が適法なら、それを撤回させるというのは筋が通らない。無論、弁護人には証拠に反する主張を糺す権利があるので、審理計画が狂っても、双方の刑訴法上の権利を守るべきだっただろう。
逆に、甲乙丙の事実に基づく主張が違法なら、異議を認めるべきであった。
どちらもせず、審理計画が狂うのだけは避けたいという姿勢は、実に見苦しい。
刑訴法上の権利である、被害者側の参加権、被告人側の防御権という法律よりも、審理計画の墨守を優先するようになっては終わりだ。審理計画の墨守だけならキッチンタイマーの方が優秀だろうし、それで足りる。

審理計画の墨守こそ至上と心得るかの裁判官が沢山いるから、弁護人は、強い警戒心の下に整理手続を進めなければならず、おいそれと審理計画の「予約」に応じることも出来ないのだ。信頼しろと言われても現実は遠い。この種の「キッチンタイマー裁判官」が根絶されない限り、こういう腹の探り合いは延々と続くだろうと思うと、実に嘆かわしい。

(弁護士 金岡)