本欄2017年5月16日で「産経新聞の幾つかの記事が誤報以下と思われることについて」を掲載した。

産経新聞の幾つかの記事が誤報以下と思われることについて


産経新聞記事中で、「検察幹部」氏を登場させて語らせた内容について、正しい箇所を探す方が難しいと指摘し、このような発言をされた「検察幹部」氏が実在するとは思えないと評価した。

この類に一々、噛みついてもしょうが無いとは言え、非専門家を誤導して誤った世論形成に繋げようかという悪意すら感じる記事を、また取り上げることにする。

産経新聞7月10日のウェブ記事で、「また保釈中に…夫のいる女性と逃走か」と題するものが掲載された。「保釈中の被告が逃走する事件が10日、また発覚した。」という書き出しである。「また保釈中に」というのは、いうまでもなく6月の横浜の事件を念頭に置いたものであろうし、記事中でも真っ先に横浜の事件に言及されている。
しかし、記事を読めば、この件は制限住居違反で7月2日に保釈が取り消された案件だと言うことが分かる。保釈が取り消されたのだから再度勾留執行をしなければならなかったわけで、詳細は分からないが速やかに勾留執行をしない間に逃亡に至っただけのことである。保釈の判断が誤っていたとか、緩すぎるという問題ではない(寧ろ裁判所は、きちんと保釈取消を行い、勾留し直すように求めていたわけである)。
横浜の事件も、実刑判決言い渡しにより保釈が失効し(刑訴法343条)、更に確定により実刑の執行をすべき状態に至っていたのに、それが放置されて事件化したものであるが、そちらはまだ、保釈保証金が(確定後は)刑の執行を担保するために機能することが期待されていた(刑訴法96条3項)だけに保釈中の逃亡事案と言えなくも無いが、7月の事件は既に没取事由が発生した後のことだから更に遠い。

もっとも、6月の事件も7月の事件も、保釈保証金没取よりも逃亡を選んだ、という方向に(やや無理があるが)収斂させれば、それを抑止できない保釈判断に根本の問題がある、という言い方をしたくはなるだろう(但し、当たってはいないことは前述の通り)。

頂けないのは、産経新聞記事における「解説」である。
またぞろ「検察幹部」氏が登場し、曰く、「検察幹部の一人は『保釈制度は被告が逃げることを想定していない。性善説で成り立っている』と話す。」「保釈中の逃走や再犯が相次ぐ現状に、『従来の考え方は通用しなくなっている』(法曹関係者)との声も根強い。」との記事である。
そもそも保釈制度が性善説で成り立っているなら、保釈保証金など不要だろう。裁量保釈に関しては近時の法改正で逃亡のおそれを考慮することが明文化されている。従って、こんなおかしなことをいう「検察幹部」氏がいるとは思えない。「性善説では成り立たない時代状況だから保釈は厳しく」という、むちゃくちゃな内容を平然と記事にする、どうかしている内容であるが、非専門家からすれば「そんなものか」「法律の世界は非常識な常識で成り立っている」とすり込まれかねまい。

産経新聞が、反保釈の記事を掲載していることは、郷原氏の本年6月23日のブログ記事でも言及があった。「『逃亡したり、再犯に及んだりするケース』が最近増えている」という指摘自体に実証性が無いのではないかという疑問も示唆しつつ、記事の偏頗さに疑義を投げかけたものであったが、要するに、無為な身体拘束という巻き添えを生じさせてでも幅広く身体拘束すべきと言う社の歪んだ考え方(憲法は人身の自由を原則としており、その制約は少なくとも比例原則の見地から無為な身体拘束は許されないので、反憲法的な考え方と言える)を正当化させようと、荒唐無稽な「検察幹部」氏を登場させる。その手法は、前回取り上げたものと全く同質である。歪んだ価値観を、恰も有識的な意見の裏付けがあるかに装う同紙の手法には、気をつける必要がある。

(弁護士 金岡)