略式事件に弁護人からも証拠を出せるのか?と質問された。
刑訴規則上、「略式命令をするために必要があると思料する書類及び証拠物を裁判所に差し出さなければならない」のは検察官だが、弁護人が出してはいけない、という規定はない。特に除外する規定がないなら、出すのは自由ではないか(問答無用で送りつければ見るだろう)、と思われるところである。そもそも略式で放棄するのは、公開裁判を受ける権利と、反対尋問権が主なところであり、もとより手続になじまない人証の取調べ請求権も放棄しているだろうが、書証の取調べ請求なら手続になじまないものでもなく、原則的な手続保障の要請が優位しよう。
普段、こういうことを考えないのは、漠然と、略式手続では余り取捨選択もなく一件記録が提出されるだろうから、そう悪いことにはならないという(根拠のない)信頼感があるからかもしれない。
しかし、質問者から教わった東京高等裁判所判決2015年8月31日は、宥恕文言入りの示談書が略式請求時に裁判所に提出されなかったことに端を発している、ということから、上記のような信頼は宜しくない、ということになる。
上記東京高判は、宥恕文言入りの示談書が略式請求時に裁判所に提出されず、代わりに「示談したことは間違いありません。必要なら処罰してもらってもかまいません。」などと被害者から聴取した内容が記載された電話聴取書が提出され、結果的に法定の上限の罰金刑が科されたことに対し、被告人が正式裁判を請求したが刑の重さは変わらなかったという事案の控訴審である。控訴審判決は直接判文に当たられたいが(判例時報や判例秘書などに掲載)、論点をすり替えた感のある肩すかし判決である。被告人は、要旨「宥恕意思を歪曲した前提での求刑及び判決が上限額なのだから、正式裁判で宥恕意思を立証した上では刑に変動があってしかるべきだ」と主張したのに、裁判所は、「量刑は適正であった」と応答したからである。
それはともかく、上記のように、宥恕意思を電話聴取書でねじ曲げておいて(これは実務的に良く起こる現象で、ねじ曲げた方の電話聴取書を同意しないなら示談書も同意しない等という強引な訴訟対応が屡々見られる)ねじ曲げた方しか提出されない、となると、略式の一件記録を漠然と信頼することは出来ないことになる。
弁護人も、念のため、中核的な証拠は出し、重要部分で事実認定に悩みが生じるなら、裁判所は潔く正式裁判に切り替えるべきなのだろう・・さっさと終わらせたい依頼者の理解を得ることが大前提とはなるのだが。
(弁護士 金岡)