かれこれ2年ほど前のことになるが、事件の処理過程で、未決拘禁者の生殖の権利が検討課題となったことがある。要するに、男性の未決拘禁者(中長期実刑、上告中)において、配偶者の出産適齢期に子をもうけるため、精液を宅下げした上で凍結保存処理したいという希望である(精液採取目的の保釈、執行停止は何れも許可されなかったが、同当時、私の研究不足は無論あった)。
精液自体は、用途次第ではゴミだが用途次第では宅下げ対象物となることは「毛髪宅下げ国賠」で決着済みであったが、生存率や衛生的な観点で医療用の専用容器を調達し差し入れたが不許可となり、その後、依頼者の意向で「その後」には進まず仕舞いとなった。

この問題に取り組み考えた結果は、
・生殖の権利は社会契約説以前から存在していた原初的な権利であること、
・科学技術の進展により「夫婦面会」以外でも生殖自体は容易になったと言えること、
・透明な容器に混雑物がないことさえ検閲できれば刑事施設の施設管理に支障は無いと考えられること、
・配偶者側の(高齢出産を避ける)生殖の権利、利益も重視すべきこと、
以上から、未決拘禁者の生殖の権利を制限することは難しいだろうという結論である。

本邦においては、調べた範囲で類似した議論はないように思えたが、研究者(後記俟野氏ではない)に相談したところ、米国では既に裁判例が複数あるようであった。同研究者の伝手で教わった内容は、その後、俟野英二「片面的権利制限と憲法的裁量統制-刑事施設被収容者の人工授精に関するアメリカの判決から-」(岡山大学法学会雑誌第68巻第3、4号)に纏められたので、ここでも紹介しておきたい。

結論的に、現時点の先例は、「ガーバー事件連邦控訴裁判所全員法廷判決」になるようであり、6:5で、人工授精の権利を否定した、となるが、俟野氏によれば、同判決の下でも、(被収容者の収容下に人工受精する権利とは別に、)配偶者側からの子をもうける権利の行使に協力する場合や、子を釈放後にもうける目的でこれを保全するための場合であれば、人工授精の権利を実質的に保全しないことは人権侵害になると分析されている。

私見の要点は前記の通りであり、直接に収容下の生殖の権利を認めるべきであると考える。被収容者が精液を宅下げしたいとして、取り出し、事前に検閲を経た衛生的な医療用の専用容器に封入し、直ちに刑事施設が検閲(外から見てそれっぽい液体しか入っていないと分かれば十分であろう)し、速やかに外部者に引き渡し所要の措置を行えば、ことは容易である。もとより、刑罰は生殖の権利を奪うものではないし、刑事施設も生殖の権利を奪うために存在しているわけではない。とすれば、これを認めないことは違憲違法である。(なお、アメリカの議論では、男性側はこれで良いとしても、被収容者である女性側が生殖の権利を主張しだした場合、施設管理が害されるという意見も紹介されていたが、悪平等を強いる理由にはならないし、病気対応で入院が可能なら出産対応もまた可能であろうから、説得的では無い)

被収容者の権利を、なにをどこまで制限することが許されるのかは、まだまだ議論が足りていない分野であり、こういう議論もある、ということを情報共有したく、取り上げた次第である。

(1月5日追記) 本欄掲載後、青森法政論叢16号(2015年)受刑者と生殖の自由-ヨーロッパ人権裁判所判例を題材として-(河合正雄)に接した。人工授精を認めないことのヨーロッパ人権条約違反を認め、踏み込んだ大法廷判決が出されているとのことである。

(弁護士 金岡)